こんな思い、二度としたくない!~仲間たちの声~

仲間たちの声

窃盗をすることで体験した仲間たちの辛い経験を紹介します。これらを反面教師に、盗らない生活を積み重ねられればと思います。

捕まった時のこと

未会計の商品を持ってお店を出たときに、後ろから保安員に肩を叩かれました。心臓が止まるかと思うような恐怖感に襲われました。万引きした自分が悪いのですから当然なんですが、もう、あんな思いはしたくないです。

捕まった直後に警察が来て、すぐに店内で現場検証になりました。大勢のお客さんがいる店内で、商品が置いてあった場所を指さしているところを制服を着た警察官が写真を撮るんです。その様子を多くのお客さんにジロジロ見られてしまい、本当に情けなかったです。知っている人が通らないかと不安で仕方なかったです。

捕まった後に、スーパーのバックヤードで、防犯カメラに映った自分の犯行時の様子を見せられました。その様子は盗人そのもの、本当に情けなかったです。

逮捕された時、手錠をかけられたんですよ。あの、手首に手錠が触れたときの冷たい感触と「ガチャ」っという音が忘れられません。もう2度と、あんな思いはしたくないですね。

子供が3歳の時、一緒に買い物をしているときに万引きをしてしまい捕まりました。警察署まで連行されるときに、子供と一緒にパトカーに乗ったんです。何もわかってない子供はちょっと喜んでいる感じでしたが、本当に情けなかったです。子供の記憶に残っていないか、それが心配です…。

裁判での体験

被告人として法廷に入るときは、手錠をかけられて腰縄をつけられるんです。そんな姿を、親に見せてしまいました。そして見ず知らずの傍聴人の視線を感じました、本当に情けなかった…。

裁判では最初に裁判長に、「名前」・「生年月日」・「本籍」・「住所」を聞かれて、それに答えます。答えなくても、起訴状に書いてあるものを読み上げられてしまうので逃れようがありません。もし傍聴席に知り合いがいて、事件のことがバレてしまったらどうしようと思う、本当に嫌でした。次に事件を起こせばまた裁判です、もう裁判は嫌です。

拘置所・刑務所などでの経験

拘置所は時間を持て余すことが多く、壁と向き合ってひたすら反省してました。孤独だし、不安だし、心底情けなくなりました

拘置所の生活は思い出したくないですね。ご飯が冷たくておいしくない、入浴は週2回、番号で呼ばれるなど、人間らしい生活とはいえませんでした。自業自得なんです、わかってます。だからもう行かないように頑張ります。

拘置所ではいろんな容疑の人が集まるのですが、窃盗犯は比較的軽微な犯罪なので、収容されている周りの人たちにバカにされるんですよ。他の人は殺人犯とか、強盗犯とか、傷害致傷犯とか…。いろんな嫌がらせを受けました、犯罪人からのいじめはえげつないです。もう2度と行きたくないです。

拘置所はどのくらいの期間、拘留されるかわからずいろんな人に迷惑をかけました。家族が面会に来てくれた時は、本当に申し訳なくて、情けなくて、涙が止まりませんでした。妻の優しさが、痛かったです。

地方の刑務所に収監されることになったので、拘置所から刑務所に移送されることになったんですが、移送には一般客も乗車している新幹線を利用するんです。手錠と腰縄をつけられた状態で、新幹線のホームを歩きました周りのお客さんにジロジロ見られて、それはそれは情けない思いをしました。もう二度と、あんな思いはしたくないです。

事件の影響

万引きを止められず、何度も捕まったことで娘に絶縁されてしまいました。その後娘は結婚し、子供も生まれたようですが、わたしは孫の顔を見ることも抱くこともできません。今は治療を続けて、盗らない生活を送ることができています。もっと早くクレプトマニアであることに気が付いて治療に取り組めれば、孫の顔も見れていたのかなと思うと、残念でなりません。

自分が事件を起こして前科が付いてしまったことで、息子が将来の夢を諦めざるを得なくなってしまいました。何も悪くない息子に迷惑をかけてしまった、わたしのせいで息子の夢を奪ってしまいました。

事件を起こしてしまったことで、家族も仕事も失ってしまいました。妻に、スリップしたら、正直に話すことを約束していたのに、それができず、捕まるまでやめられませんでした。病気のことを理解し、「盗ってしまうのはしょうがないから、正直に話してね。」と言ってくれていたのに、それができなかった。息子に、会いたいです…。

わたしは地方に住んでいるので、事件を起こしてしまったことが地方紙の地域版に載ってしまいました。その結果、長年慣れ親しんだ土地から引っ越しをせざるを得なくなってしまいました。罪を犯したわけですから、仕方ないですね。病気から逃げずに、きちんと向き合いたいと思います。

あれができればよかった…

自助グループに通っていたのに、仕事が忙しくなり足が遠ざかってしまいました。しばらく盗らない生活が送れていたので、過信してしまっていました。依存症を甘く見ていたのだと思います。一度スリップしたら、あっという間にやめられない生活に戻ってしまいました。万引きがやめられていても、仕事が忙しくても、たまには自助グループに参加していれば違ったのかもしれません

自助グループには通い続けていたのですが、スリップしてしまった時にそれを正直に話すことができませんでした次はちゃんと話そう、次はちゃんと話そうと思っているうちにどんどんエスカレートし、捕まってしまいました。すぐに正直に話すことができていれば、やめられていたのかな…。

普段の生活の中で

万引きがやめられなかった頃は交番の前を通ったり、街で警察官を見かけるだけで、自分を捕まえに来たのではないかと心臓がバクバクしてしまっていました。盗らない生活を送れるようになって、そんな恐怖から解放されました

先日、ハンカチを落としてしまいそれを拾ってくださった方に後ろから肩を叩かれました。その時、捕まった時のことがフラッシュバックしてしまい、拾って下さった方にお礼を言うことができなかったんです。今は盗っていませんが、過去の記憶はすぐには消えませんね…。

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