スリップした時のことを想定しておく

万引きを手放すために

クレプトマニアの依存行為は被害者のいる犯罪行為であり、スリップ(単発の失敗)は許されるものではありません。しかし、依存症である以上、スリップするリスクはあります。スリップした時に慌てないように、対応方法を想定しておくとよいと思います。

スリップは交通事故に似ている

クレプトマニアの依存行為は被害者のいる加害行為なので決してスリップは許されません。しかし依存症である以上スリップのリスクは常に付きまといます。やはりスリップ(単発の失敗)をスリップで止め、再発に至らないように準備をしておくことが大事です。

スリップは交通事故に似ていると思います。交通ルールを守って慎重に運転したり、普段から車のメンテナンスを行っておくことで大半の事故は防止できます。防止の対策を立てることはとても大事で、意味があります。でも、どんなに対策を万全にしても不慮の事故の可能性をゼロにすることはできません。

そこで大事なのが、事故が起こった時に困らないように保険に加入すること。つまり、スリップを想定しておくことです。これは縁起が悪いように思われるかもしれませんが、想定しておくことで安心感が生まれ、むしろスリップのリスクは減るのではないかと思います。

スリップしないために、そしてもしスリップしたとしても単発の失敗で終わらせ、再発(窃盗がやめられない状態)に至らずに済むように、スリップした時のことを想定しておくのはとても大事です。

まずは正直に話す

スリップした時は正直に話すこと、これが一番大事だと思います。正直に話せる場所を開いてを確保しておくということです。仲間、家族、友人、主治医、カウンセラー、 とにかく正直に話すことです。一度隠してしまうとバレなきゃいい、自分で対処しようという考えが強くなり、一気に再発のリスクが高まります。

正直に話すのはとても苦しいことです。でもその苦しさが次の抑止力になるはずです。もし話せる場所がなければ SNS に投稿したりわたしにメールをして頂いても構いません。できれば相手がいた方がいいとは思いますが、紙に書いて、破り捨ててるのでもやらないよりはいいです。とにかく外に出しましょう。自分の中に留めておいて今回一回だけで終わらせようというのは、ほぼ間違いなくうまくいかないと思います。

正直に話すことは、スリップしてしまった状況を客観的に分析するのにも大いに役立ちます。またスリップしないための対策を立てる上で他人からアドバイスをもらうこともできると思います。

自助グループに助けを求める

同じ悩みを抱える仲間同士なら、正直にスリップを報告しやすいです。ぜひ自助グループにつながってください。

スリップをしてしまった人には「自助グループにつながっていたが、もう大丈夫だと思って離れてしまった」という人もいると思います。そのような場合は、ぜひ戻ってきてください。決して恥ずかしいことではないです。むしろ、そういうときこそ、戻ってきてほしいです。また、つながっている中でスリップしてしまうと、仲間を裏切ってしまったなどと感じ、離れたくなってしまうこともあるかもしれません。スリップは裏切りなんかではありません。むしろそういう時こそ、仲間とのつながりが必要です。そして、正直に助けを求めてください。助けを求めること、弱さをさらけ出すことはとても勇気のいることです。でもその勇気ある行動が、仲間に力を与えます。

わたしは今、zoomでつながれるオンライン自助グループを運営しています。情報交換やため込んだ思いを吐露できるチャットルームもあります。ぜひつながりましょう!

得した感覚を残さない

スリップした時に大事なのは万引きによるメリットをなるべく減らし、デメリットを増やすことで、もうやりたくないという状況に追い込むことだと思います。そのためには金銭的に得した感覚を残すのは良くないと感じます。万引きが成功すると、打ち出の小づちを持ったような感覚になります。スリップというのは一度手放した打ち出の小づちをまた拾ってしまったような状態です。早い段階で「その打ち出の小づちは偽物だ!得なんてしない」という経験を上書きし、得した感覚を打ち消したほうがいいです。そして何より、被害者に弁済をする必要があります。

わたしは万引きをやめるために入院をした際にそれまで被害を与えた店舗に弁済をしました。その理由の一つが万引きで得した感覚を残したくなかったからです。罰金刑や裁判にまで至っていなかったので、クレプトマニアになったことでの金銭的な損失は多くなく、万引きを繰り返すことでの得した感覚があり、万引きにメリットがあるように感じてしまっていました。そこで商品代金に迷惑料を上乗せし、弁済をしました。きちんと買った以上に支出があることで、万引きにメリットはないという思いを強めることができました。

得した感覚を残さないために、被害の弁済、さらには上乗せした迷惑料を被害店舗に払うというのが一つの方法です。ただしこの方法は被害店舗にその犯罪行為を知らせることになるため、非常に勇気のいる方法であり、場合によっては事件化する可能性もあります。 冷静な判断が必要になると思われるため、主治医や家族、担当弁護士や行政の弁護士相談などに相談してみることも必要だと思います。気持ちが先走って猪突猛進にならないようにしましょう。

それ以外に得した感覚をなくす方法として考えられるのが寄付です。ご自身が信頼できると思った団体に寄付することで手元にお金を残さないというものです。この方法ならば被害店舗への穴埋めはできないとしても、手元にあるはずのないお金を寄付することで、自分自身が感じるの万引きした時のメリットを減らすことはできると思います。

捕まった時のことも想定しておく

逮捕・拘留された時のことも想定しておくことが安心感につながることもあると思います。既に連絡を取りたい弁護士が決まっている場合は担当者に連絡すればよいと思いますが、いない場合は当番弁護士制度を利用するとよいと思います。このような制度があることを知っておくだけでも、不安は減らせるように思います。

当番弁護士制度についてはこちらに書いてあります(日本弁護士連合会ホームページ)。

https://www.nichibenren.or.jp/legal_advice/gaiyou/arrest.html

スリップを再発につなげないように

あるイベントでのアルコール依存症者のお話「” 一 を 止める ”と書いて、正しい。最初の一回に手を出さない。これが依存症からの回復の取り組みで正しいことだ」というもの。本当にそうです。そしてクレプトマニアにとっては、それと同じくらい、もしくはそれ以上に” 一 で 止める ” というのが重要だと思いました。なぜなら、スリップという単発の失敗で終わらせること、再発につなげないことはクレプトマニアにとって他の依存症以上に困難であるからです。

アルコールのスリップは、周囲が気づきやすいです。ギャンブルは負ける可能性が高いので、早い段階で痛い思いををしやすく、踏みとどまれるきっかけにしやすいように思います。一方クレプトマニアの場合、成功率が高く、更には周囲に気づかれにくいです。そのため、スリップで踏みとどまることができずあっという間に再発、捕まるまでやめられない状態になってしまいやすい思います。そして犯罪行為であり「ダメ、絶対!」の側面が強いので、正直に誰かに話すことが難しいです。

盗らない生活が長くなると、本人も周囲も「もう大丈夫なのでは?」と思ってしまいます。そのような状態でスリップすると助けを求めるのがさらに難しくなります。「周囲の期待に応えなくては…」と、盗っていないフリをしてしまうのです。そして、ずるずると再発に至ってしまい、捕まることで周囲が再発を知ることとなるというパターンを多く目にしてきました。「スリップしたことを話すとがっかりさせると思った」、「話さずにやめられればそれが一番いいと思い、ズルズルと話せないでいた」 これは本当によくあるパターンです。最初の一回を止めることが上手くいっているときこそ、スリップした時のことを想定しておくことが大切です。そして、その内容を支援者や家族、仲間など周囲の人と共有しておくことも意味があるのではないかと思います。やはりスリップはありえます。

スリップを想定することがスリップ予防になる

スリップした時のことを想定しておきスリップしても慌てずに対処できれば、再発へつながるリスクを少なくすることができます。そして、対処法を考えておくことで不安が減り、それ自体がスリップ予防になります。「窃盗をやめ続けるための行動をする覚悟」を持ったのであればスリップを想定しておくのは矛盾しているようにも思えますが、窃盗をやめ続けるためには意味のある行動だと思います。備えあれば患いなし、ぜひ考えてみていただきたいです。

スリップはチャンスでもある

スリップしてしまうことは本人はもちろん、周囲の人にとっても非常にショックな出来事になります。一緒に回復に向けて頑張っている仲間のスリップの報を聞くのはとてもつらいことです。でも、スリップはある意味チャンスです。どうしてスリップに至ってしまったのか、何が問題だったのかを考えることができ、今までの取り組みを見直す良いきっかけになり得ます。また、その経験を正直に仲間に伝えることはスリップしてしまった本人はもちろん、仲間に大きな気づきを与えます。それを繰り返すことが真の回復につながると考えられています。

また、スリップしたということはやめられていた期間があるということです。スリップするとどうしても「どうしてスリップしてしまったのか?」に目が向きがちですが、「どうして止められていたのか?」、「スリップしてしまった時と何が違うのか?」そこにも注目すべきだと思います。「どうして盗ってしまったか?」というのも大事ですが、「なんでちゃんと買い物できていたのか?」を考えるのもとても意味があります。「仕事量を押さえていたうちは大丈夫だった」、「止まっていた期間は自助グループのミーティングに毎週参加していた」など、止まっていた理由が見えてくると対策も立てやすいです。やめられていた期間は成功体験です。盗らない日数のカウントはゼロになってしまっても、その期間の経験はゼロにはなりません。その経験を活用しない手はないです。

「捕まった恐怖で一時的にガマンできていた。でも喉元過ぎれば熱さを忘れる、刻々とスリップに近づいていた」、そういうこともあると思います。そのような場合でも、「スリップへのカウントダウンを止めたり、遅らせたりすることはできなかったのか?」、「喉元の熱さを忘れないようにする方法はなかったのか?」など、どうすれば盗らない期間を継続することができたのかという観点から考えるのもとても大切だと思います。

「スリップしたらしたで仕方ない、どうせなら活用しよう」、そのくらいの気持ちが上手くいくコツなのではないでしょうか。

関連する投稿はこちらです。