捕まらなければやめられない 捕まるだけではやめられない

万引きを手放すために

このタイトルはある本に記載されていた専門家の表現です。ほんとにその通りだなと。捕まった直後には万引きが止まるという人が多いです。でもそれは一時的であって、捕まるだけではやめられないというのがクレプトマニアです。

捕まらなければやめられない

クレプトマニアは捕まると一時的に窃盗行為が止まることが多いです。捕まらなければやめられないと思います。というのも、捕まらなければ痛い思いをせず、万引きを続けるメリットばかりが見えてしまうからです。依存症において、依存を手放そうと思うきっかけになるような痛い目にあうことを「底つき」と言います。クレプトマニアにとって、この底つき体験になりうるのが「捕まること」・「バレること」です。警察に逮捕され取り調べを受けたり、家族や周囲の人にバレたりと痛い目を見ることで、やっと「やめなきゃまずい」、「やめよう」と思えるチャンスが訪れます。とはいっても、捕まっても「やめなきゃまずい」、「やめよう」と思えない人も多いのではないでしょうか。

クレプトマニアの厄介なところに他の依存症と違い、捕まること以外に底つき体験になるような痛い目にあうことが少ないことが挙げられます。例えばギャンブル依存や買い物依存なら借金、アルコール依存や薬物依存なら健康被害や購入費用による経済苦などの底つきになり得る要素があります。これは見つからなくても本人の負担として増えていきます。しかしクレプトマニアは見つからなければ痛い目に合わない、むしろ得をしていると感じてしまうため、「バレなきゃいい」という状態になりやすく、どんどんやめにくくなります。打ち出の小づちを手にしたような感覚になってしまい、それを自らの意志で手放すというのはかなりのレアケースだと思います。「恋人ができたからやめよう」、「誕生日が来たらやめる」、「万引きは今年でやめる、来年からは盗らない」など、何かをきっかけにして万引きをやめようとする人もいると思いますが、これも成功率はかなり低く、一時的に止まっても、多くの場合でまた万引きを繰り返す生活に戻ってしまいます。捕まらないうちに自分の意志でやめるというのはかなり難しい、更には捕まってもやめたいと思えなくなるほど万引きにハマってしまうことも多いというのが実情だと思います。

捕まるだけではやめられない

「もう二度とこんな思いはしたくない!万引きはやめる!」と、多くのクレプトマニアは捕まった直後にはこう考えます。警察でもこっぴどく叱られ、家族にもバレる、仕事を失うなど散々な思いをし、「もうやらない!」と誓うのです。「これでやっとやめるきっかけを掴めた。捕まってよかった。」と思うこともあるでしょう。でもこの気持ちだけで万引きをやめ続けるのは不可能に近いです。なぜなら、依存症だからです。クレプトマニアとは「やめようと試みては失敗することを繰り返す病気(反復性)」なのです。捕まった直後に万引きが止まるのは「一時的」であり、ただ気合でガマンできているだけというのがほとんどだと思います。そのガマンを長く続けるのは至難の業、「万引きがやめられた」というのは勘違いといっても過言ではないと感じます。

捕まった直後の万引きが止まっている人、特に盗りたい気持ちも湧かなくなった人は、一時的に止まっていると言われても「そんなことない、もう大丈夫。依存症なんかじゃないから。もう一生万引きしないから。」などと思ったりします。そして、ここに書いている内容を読んでも「いやいや、わたしは大丈夫だから」などと思うのです。でもしばらくして、また万引きしてしまう(スリップ)ことが多いのです。何度も言いますが、依存症とはそういう病気だからです。このしばらくが3か月の人もいれば、1年の人もいますし、もっと5年以上と長い人もいます。そしてスリップしてやっと、「一時的に止まっていただけなんだ」とわかります。更には周囲の人に「もう一生万引きはしません!」などと強気な発言をしてしまったために正直に申告することもできず、「バレなきゃいい」という考えに拍車がかかってしまうこともあります。そしてあっという間に万引きを繰り返す生活(再発)になってしまい、また捕まる、そして一時的に止まる…。そうやって犯罪歴が増えていくという人も多いのが実際です。

喉元過ぎれば熱さを忘れる

捕まった直後は「やめなきゃ」と思ったり、一時的に万引きをしないことで「ガマンできた」、「やめられた」などと思うかもしれません。でも「のど元過ぎれば熱さを忘れる」というように捕まった時の恐怖感などの痛い思いは時間経過とともに薄れがちです。そうすると、盗っていたことでの得した感覚や満足感・達成感などが思い返されるようになってしまいます。多くのクレプトマニアは捕まるまでに相当回数の万引きを繰り返しています。圧倒的に成功体験の方が多く、「バレなきゃいいか」という考えが浮かぶようになってしまうのです。この成功率の高さも厄介な問題です。数多くの成功体験が頭から離れなくなっています。同じ行為依存であるギャンブル依存症との大きな違いです。そして捕まった直後は「盗らない」と思っていたものが、「捕まらなければいい」となり、「見つからないように盗る」とずるずると再び盗る方向へと思考が引っ張られてしまう、そんな感覚です。その結果スリップ(単発の失敗)そして再発(万引きを繰り返し自分の意志ではやめられなくなる状態)にまっしぐら、再び捕まるまでやめられないというのがよくあるパターンなのだと思います。

まずは依存症であることを受け入れる

クレプトマニアは依存症、一人でやめることは困難です。自分の意志だけでは窃盗をやめられない状況になっていることを認めることが重要になると思います。「依存症は否認の病」と言われるほど、依存症患者がその事実を否認することはよくあることです。この壁を乗り越えることが非常に重要であり、大きな一歩になると痛感しています。

詳しくはこちらをご覧ください。

一時的に止まるのは臭いものに蓋をしている状態

捕まった直後に万引きをしなくなるのは、「臭いものに蓋」をして盗りたい気持ちを無理やり抑えているような状態だと思います。「窃盗欲求があるがガマンできている」という人もいれば「窃盗欲求がなくなった」という人もいます。ここで注意したいのは「盗りたい気持ちがない」というのは「盗りたい気持ちがなくなった」という状態ではなく、多くの場合「盗りたい気持ちを抑え込んで感じていないだけ」ということです。どちらも「もう捕まりたくない!」という気持ちが抑止力になり窃盗行為を無理やり抑えている状態で、盗りたい気持ちがなくなっているわけではありません。

この捕まった記憶による抑止力は時間経過とともに減少します。放置しておけば蓋を抑えつけている力は段々と弱まり、臭いが漏れる、つまり再び窃盗行為に走る可能性が高いと言えます。そのため、他の抑止力をつけて蓋を抑える力を強くしたり、他の通気口を作ることで万引き以外の方法で臭いを逃したり、自分自身の問題と向き合い根本にある臭いの発生源を小さくすることで臭いそのものを少なくするなど、再び臭いが漏れるようになる前に万引きを手放すための取り組み、つまり依存症から回復するための取り組みを行うことが必要になってきます。

このような依存症のメカニズムについてはこちらで説明しています。

とにかく助けを求めること!そして続けること

クレプトマニアからの回復への取り組みは一人では困難です。依存症は自分の問題と向き合うという自分自身との闘いでもありますが、自分一人での闘いになってしまうとまず勝ち目はありません。とにかく助けを求めましょう。身近な人に正直に話すでもいいですし、自助グループにつながってみるのでもいいです。SNSで仲間とのつながりを求めるのもいいと思います。また、わたしに連絡をいただいても構いません。気軽にメールしてください。

クレプトマニアは損得勘定が強くてケチな人も多く、治療や自助グループの参加などにお金を使うことを躊躇いがちです。でも、何もしないでいると結局は万引きを繰り返すようになり仕事を失ったり、罰金や裁判費用など多額の費用が必要になります。また前科が付いてしまうとお金では解決できません。目の前の出費をケチることは長期的に見て損しがちです。交通費・治療費などは必要経費と割り切りましょう。

捕まった直後にまずいは思い、気合でガマンしてお店に行かないようにしてみたり、自助グループに行ってみたり、SNSを活用したりといろいろ頑張る、でも頑張りすぎて息切れしてしまう人も多いというのが正直な印象です。クレプトマニアなどの依存症者は白黒思考が強く、細く長く継続するというのが苦手な人も多いのだと思います。全力で走り出し途中でリタイヤ、これは本当によくないです。また、もう大丈夫だという気持ちから取り組みをやめてしまう人もいますが、これもスリップのリスクを高めます

依存症は「否認の病」とも言われますが、依存行為が止まったことで「もう大丈夫!」と思ってしまうのも一つの否認なのではないかと思います。捕まった直後の短期間の取り組みで回復できるというような、甘いものではありません。依存症に完治はなく、回復への取り組みを続ける必要があります

万引きに依存しない生活を送る、というのは長距離走です。完治はなく、ここまで行けば大丈夫ということはありません。実際に盗らない生活を3年、5年、8年継続していたのにスリップしてしまったという話を聞いたことがあります。そして、回復への取り組みは始めたからといってすぐに結果が出るものでもありません。途中で転んでも(スリップしても)、そこで取り組みをやめるのはまずいです。やめてしまうと多くの場合、一気に万引きがやめられない生活に戻り、捕まるまでやめられなくなる可能性が高いです。むしろスリップ(失敗)は問題点を洗い出すチャンスともいえると思います。盗らない生活への取り組みを再構築するきっかけにすべきところです。「慌てず、焦らず、諦めず」、細く長く根気強く、回復への取り組みを続ける必要があるのだと思います。

関連する項目はこちらです。

依存症を理由に赦されることは逆効果?

わたしはクレプトマニアだからと窃盗行為が赦されることは、窃盗行為を手放す上で逆効果になるのではないかと考えています。これはイネイブリング(ギャンブル依存症者の借金を家族が肩代わりするなど、依存を助長する周囲の行為)ともいえると思います。やめなきゃまずいと思うきっかけ、つまり底つきになるチャンスを手放すことになるからです。ちょっとした痛いこと、「捕まって肝を冷やした。でも警察には通報されず赦してもらえた」くらいではやめるのは難しいです。むしろこの「赦された」という経験は「次に捕まってもまた赦してもらえるだろう」という誤った期待感を生み、万引きを助長する方向に作用する可能性が高いと思います。何かと自分勝手な理由をつけて、依存行為を続けようとするのが依存症だからです。また、クレプトマニアでも犯罪行為をしている自覚はあります。窃盗行為そのものは病的で自分の意志でコントロールできないとしても、その事実を隠すというのは別問題です。そのため、「病気を理由に赦されることはない」ことを経験するのは意味のあることだと思います。

更には窃盗行為は被害者を生む犯罪です。これは同じ依存症でも薬物問題との大きな違いです。被害者感情を考えても、簡単に赦されてよいものではないと思います。クレプトマニアは罪悪感が乏しく、特に「万引きした店や相手に対する加害者意識が極めて希薄である」ことが専門家からも指摘されています。被害者の存在を意識できるようになるためにも、刑事処分が必要ではないかと考えます。

「クレプトマニアにとって必要なのは刑罰(刑事処分)か?治療か?」という話題になることがありますが、長期的に見て最も有効(窃盗行為を少なくできる)なのは「刑罰も、治療も(両方必要)」ではないかと考えます。依存症回復への道のりは一生続きます。そのモチベーションを保つためにも刑罰という痛い思いをすることが必要だと思います。クレプトマニアの場合、刑罰くらいしか痛い思いをする機会がありません。万引きをしていると得をしていると勘違いしてしまい、やめたいと思えないことが多いと思います。どこかで痛い思いをしないとなかなかやめようと思えません。盗らない生活を継続している仲間が「やめなきゃまずい」と思うきっかけになった出来事は、わたしを含めほとんどの場合が逮捕(警察沙汰になること)です。治療の効果を高めるためにも、刑罰は必要だと思います。

警察・検察での取り調べや裁判などの十分な討論を経て、刑罰よりも治療を優先すべきという結論になることもありますが、逆に言えば、十分な検証なしにクレプトマニアであることを考慮した対応はすべきではないと思います。その人がクレプトマニアかどうか、またクレプトマニアであっても治療を優先させることが再犯防止につながるかどうかを簡単に判断することはできません。現状では「クレプトマニアと言えば赦されるのでは?」という理由で、クレプトマニアではない人でも捕まった直後にそれを言い訳に使うことがあると聞きます。しかし、その真偽をその場で判断するのは困難です。お店で見つかったら警察に逮捕されるレベルまで痛い思いをした方がいいのではないでしょうか。

また、クレプトマニアであってもそれを理由に刑罰を軽くすることには慎重になるべきだと思います。クレプトマニアの治療を優先させるために執行猶予を付ける判決が出ることもあります。これは社会で立ち直るチャンスを与えるという治療的司法観に基づくものですが、これを機に治療に真剣に取り組む人もいる一方で「今回も大ごとにならずに済んだ」・「病気を理由にすれば許されるのではないか」などと悪い意味での成功体験になってしまう人もいます。その結果、「今回捕まったのは運が悪かった」・「次は捕まらないように気を付けてやろう」などと負の学習が強化され、更に問題行動が強くなることも考えられます。このスパイラルにはまり、依存期間が長くなれば回復はより困難になります。もう万引きを繰り返す生活に戻りたくないという思いを強め、回復への取り組みを継続するためにも病気という免罪符はないという認識を持った方が良いと考えます。

万引きをしてしまったことを自己申告できれば一番いいですが、それはなかなか難しいのが実際です。現実的に考えて一番いいのは万引きしてしまったら早い段階、つまり依存期間が短い段階で捕まり、警察に逮捕されるなど痛い目に合うこと(刑罰)、そしてそれをきっかけに、家族や周囲の人に助けを求めて、いち早く万引きを手放すための行動をとること(治療)だと思います。こうなれば「捕まえてくれてありがとう」とこころから思えるようになると考えます。

わたしは逮捕されても翌日から万引きをしてしまうような状態でした。「捕まらなければやめられない」どころか「捕まってもやめられない」状態でした。最終的には入院という「盗れない環境」に行き、その中で抑止力を高めたり根本の問題と向き合ったりして、盗らない日々を送れるようになりました。捕まった直後から万引きをやめられたわけではありませんが、「万引きをやめなきゃまずい」、「一人でやめるのは無理だから病院に行こう」、「盗れる環境ではガマンできないから入院しよう」と思えたのは逮捕されたことがきっかけです。依存期間が短く、逮捕歴が少ない段階でそう思えたことが、前科が付く前に万引きを手放せたという今の状態につながっています

わたしはお店で捕まった時、クレプトマニア専門病院に通院していることを書面で提示したことがあります。その書面を普段から持ち歩くこと、捕まった時にはその書面を提示し商品代金と迷惑料を払うことが通院する上でのルールになっていたからです。でも実際はそれ以上に「赦してもらえるのでは?」という期待を抱いたというのが本音です(その書面にクレプトマニアだから罪を軽減してほしいということが書かれているわけではありません)。そのときは商品代金を支払っただけで、迷惑料は受け取ってもらえず、警察に逮捕されました。そして、お店の人に「クレプトマニア治療中だからといって赦されるわけではない」とはっきり言われました。でも、今となっては警察に連絡していただいて本当によかったと思っています。もしあのときお店で赦されていたら、それに味をしめて万引きに依存する生活が長期化し、犯罪歴を重ね、刑務所に行っていてもおかしくなかったと感じているからです。捕まったことは運が悪かったのではなく、運がよかったのです。

「クレプトマニアには刑罰も必要」と考えるのは、何も前科が付いたり刑務所に行くまで罪を重ねる必要があるという意味ではありません。初犯でも逮捕されたらすぐに助けを求め、早い段階で対策を講じることが大切だという意味です。依存期間が短いうちに支援につながれば、その効果も出やすいはずです。早く窃盗を手放せれば、犯罪歴も少なくて済みますクレプトマニア本人(加害側)のためにも、被害者を減らすためにも早期発見・早期治療(支援)が何よりも大切です。万引きは成功を重ねるとどんどん上達します。そして捕まりにくくなり、依存期間は長期化し万引きを手放すことも難しくなります。「下手なうちに捕まって、痛い目にあって、依存症回復のための支援につながる」、ちょっと他力本願になってしまいますが、これが現実的なところだと思います。

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