なぜ、「万引きをやめたい」と思えなかったのか?

2020年10月21日

万引きをやめたいと思えなかったのは、2つの大きな勘違いが原因だったと思います。

2つの大きな勘違い

万引きをしている頃は「やめたい」と思えませんでした。「やめられないこと」に悩んでいましたが、それは「やめたいのにやめられない」のではなく、「やめたいと思えない」に悩んでいる状態でした。万引きを止めたいと思えなかったのは「金銭的に得をしていると思っていた」「万引きをしている方が気持ちが楽だと思っていた」という2つの勘違いが大きな理由です。

入院をし、万引きをしない生活を送ったり仲間の話を聞くことで、やっとこの勘違いに気が付きました。

金銭的に得をしていると思っていた

万引きをしていた大きな理由が、「金銭的に得をしていると思っていた」というものです。

お金を減らさずにものが手に入るのですから、「打ち出の小づち」を持ったかのような気になっていました。お金が減らないのをいいことに、自分で買うとしたら手を出さないような高価なものを万引きすることもありました。「万引きをしなくなったら、こんな高価な美味しいものは買ってまでは食べない、だからやめたくない」、そう思っていたのも事実です。冷静に考えられる時は「こんな考え方はおかしい、間違っている」と思えるのですが、仕事が終わるなどしてお店に行けるような状態になると、お店に向かう脚を止めることはできませんでした。

でも、これは本当に短絡的です。一時的に得しているような感覚になっても、決してそんなことはありません。

損得勘定に駆られ、得をしたいという思いで万引きしていましたが、本当に浅はかだったなと思います。目先の損得勘定は損をすると言われますが、その通りです。

クレプトマニアになったことで、病院に通うようになり、入院もしました。それなりに治療費がかかります。
入院中は仕事もできず、当然のことながら収入が減りました。また、回復しても再発予防に通院や自助グループに通うことを続けるため、仕事量をセーブしている人も多くいます。

事件化するとさらにお金がかかります。事件化することで、仕事を失ってしまう人もいます。また、罰金刑になれば窃盗罪だと50万円以下の罰金です。裁判になれば弁護士費用など、その出費はかなりの額になります。

入院中に知り合った多くの仲間は、わたし自身も含め休職したり、退職したりするなどして収入面でも大きなマイナスになっている人が多くいました。また、裁判を経験している仲間も多く、「裁判には車1台余裕で買えるくらいお金がかかる」という類の話はよく聞きました。万引きを続けることは金銭的に得をしないということを痛感しました

盗っている方が気持ちが楽だと思っていた

万引きしている頃は、それによって満足感や達成感を味わっていました。また、他の人がやらないことで得をしているという、優越感も感じていました。実際に万引きしているときには、そのスリルを楽しんでいた部分もあります。毎日のように万引きしていた頃は、「万引きをしなくなることで、このような感覚を失いたくない」と思っていました。

完全に万引きに洗脳されているような状態で、「盗りたい」というより「盗らねばならない」というような強迫的な感覚がありました。「万引きをしないと落ち着かない」、「万引きをしないと一日が終わらない」、そんな状態だったので、万引きをしている方が気持ちが楽だと思っていたのです。

でも、万引きによる不安や後ろめたさもありました。いつもバレるのではないか、捕まるのではないかとびくびく怯えながら生活していました。

それでも、万引きで得ているプラスの方が不安や後ろめたさよりも大きいと思っていました。万引きをしている方が楽だと思っていたので、やめたいと思えませんでした。「万引きで捕まるのも怖いけど、やめるのも怖い」という、どうにもできない状態になっていました。

入院で万引きが止まってわかったこと

わたしの場合、万引きをするようになってからは入院するまでずっとやめられませんでした。警察に捕まっても、翌日からまた万引きをしてしまうような状態でした。

入院して、半強制的に盗らない生活になったことで精神的にとても楽になりました。バレるのではないか、捕まるのではないかという怯えが減ったからです。もちろん後日逮捕の可能性もありますが、毎日のように万引きをしていた状態とは明らかに違いました。入院中とはいえ、万引きをやめられているという達成感もあり、気持ちが楽になりました

万引きを続けていたときは、盗っている方が楽だと思っていたのですが、しなくなったことで万引きをしない生活の方が楽だということがやっとわかりました。そして、もうあの怯えや不安に囚われた生活に戻りたくないと思えるようになりました。

また、盗っていた頃は、万引きのことで頭の中が四六時中支配されているような状態でした。捕まることの不安もありましたが、それでも頭の中では「今日はどのお店に行って何を盗ろうか?」などと考えてしまっていました。それが、万引きをしない生活になることで万引きのことが頭から離れ、気持ちにも余裕ができました。その結果、やっと自分の問題点と向き合うことができるようになったと思います。

万引きで得ていた満足感 < 買って得られる満足感

わたしが万引きしていたのは自分用の食べ物で、パンやお菓子、総菜・弁当など、調理の手間がかからないものが多かったです。そして、買うとしたら、手を出さないような高価なものを万引きすることもありました。それなりに値が張るものですので、もちろん美味しかったです。万引きすること、そして食べることで喜びや満足感を得ていたのは事実です。

退院後、盗らない生活=ちゃんと買う生活になり、出費のことを考えるようになりました。基本的にケチですので、やはり節約したいと考えます。そう思うと、万引きしていた頃には当たり前のように食べていた高価な食材には手が出せません。

だからといって満足できないかといったら、そんなことはないです。退院直後は時間に余裕があったので、材料を買って作り置きの惣菜を作ることも多くありました。もともと料理が好きなので、全然苦になりませんでした。自分で作れば安く済むし、自分好みの味付にもできます。そして、家族も喜んでくれました。

ちゃんと買った材料で料理を作った時の満足感は、高価な食材を万引きすることで得ていた満足感よりずっと大きいものだとわかりました。

苦しかったあの頃に戻りたくない

万引きしていたものをちゃんと買っていたら、エンゲル係数はかなりのものになっていました。買うとしたら手を出さないような高価なものも、万引きしていました。それが当たり前のようになってしまっていたといっても過言ではありません。

でも、万引きを止めてちゃんと買うようになり、身の丈に合った生活を送る中で、それなりに満足が得られることがよくわかりました地に足が付いた生活を送っているような感覚があります。後ろめたい思いをすることもなく、ちゃんと買った食材で自分好みに料理すればいいんです。そんな当たり前のことが、やっとわかるようになりました。

金銭的に得をしないどころか、精神的な損失も含め失ったものは本当に大きいことが今はよくわかります。依存行為に助けられていた部分もありますが、同時に自分自身を痛めつけていたとも思います。盗っていた頃を思い返すと、やっぱり苦しかったなと。

被害店舗の方たちや周囲の人たちなど、多くの人に多大な迷惑をおかけしてしまいました。いろんな人を苦しめたわたしがこんなことを言える立場ではありませんが、自分もそれに苦しんでいました。誰にとってもいいことなんてなかったんだなと、今更ながらわかるようになりました。そんな当たり前のことがわからない状態が、病的だったと言えるのかもしれません。

今は万引きしていた頃の生活に戻りたくないと、心から思っています。そしてそのためにも、正直であり続けなくてはいけないと強く感じています。

残念ながら過去は取り戻せません。この経験を無駄にしないためにも、盗らない一日を丁寧に積み重ねていきたいと思います。