盗るも盗らぬも苦しい、ならば減らせる苦しみを

万引きを手放すために

万引きに依存する生活から抜け出すのは本当に大変ですが、盗らない苦しみの先には「盗らない方が楽!」という生活があるはずです。

万引きに依存する苦しさ

クレプトマニアは万引きなどの窃盗行為に依存してしまう病気です。依存行為に走ってしまうのは、快感や快楽を得るためでもありますが、それ以上に苦しさから逃れるためと考えられています。依存症はそもそもが苦しい状況に追い込まれている人がなってしまうのです。

クレプトマニアをさらに苦しめるのは、その依存行為が犯罪行為だからです。窃盗行為の瞬間は快楽があります。脳内に快楽物質が放出され、何とも言えない感覚を味わえます。更には金銭的に得をした感覚になります。だからこそハマってしまいます。しかし、それは長くは続きません。やってはいけないと頭ではわかっているのにやってしまうことに後ろめたさがあります。犯罪行為をやりたくて仕方ないこと、また成功した時に達成感を感じてしまうことなど、抱いてはいけない感情を抱いていることに不安や後ろめたさを感じます。頭の中が可視化されてしまい、「盗りたい」と思っていることが周囲にバレているのではないかとビクビクします。また、犯行時以外にも後日逮捕への不安で常に怯えています。小学生でもわかるような「盗ってはいけない」ということが守れないことに情けなさを感じます。「いつまでもこんな生活が続けられるわけはない」、「終わりにしないとまずい」、「そうは思っているのにやめられない」など、とにかくいろんな負の感情が押し寄せてきます。そして多くの場合、それらを1人で抱え込み悶々とします。そして、その苦しみから逃れるために、瞬間的な快楽を求めて万引きをし、更に苦しみが強くなるという悪循環にどっぷりと浸かってしまいます

盗っていることが見つからなければその時は得をした感覚になります。満たされない感覚がちょこっとは埋まるかもしれません。でも、その時だけです。どう考えても自分が苦しくなります。かりそめの満足感はそのあとの空虚感を強めていたのではないかと思います。苦しみを減らすために行っている依存行為によって、新たな苦しみが生まれてしまうのです。捕まらなくても、いや捕まらないからこそこの苦しみは、どんどんと大きくなっていくと言えるのかもしれません。そして、捕まれば多くの人に迷惑をかけさらに苦しくなります。どんな結果であれ、万引きに依存するのは苦しみを生み出すことにつながってしまいます

万引きを手放す苦しさ

万引きをすることで苦しくなるんだったら、万引きをやめればいい。でも、そう簡単に行かないのが依存症の難しいところです。

依存症になってしまうと、脳内に報酬回路と呼ばれる回路ができあがってしまいます。依存行為を行うことで報酬を得られたような快感を覚え、「また同じ快感を味わいたい」という強い欲求が生まれます。そのため、行為欲求をガマンすることが苦しいという状態になります。ですが、この欲求は時間経過とともに軽減すると考えられています。

また、そもそも依存行為を行うのは苦しみを減らすためと考えられており、現実逃避の行動とも言えます。もとの苦しみが残っていれば依存行為を手放すことで逃げ道がなくなってしまい、根本にある苦しみと向き合うことになるという違う苦しさが生まれます。そして、万引きをしてしまう要因の一つである「枯渇恐怖(お金や物が減るのが怖いという感覚)」も残っているので、きちんと買い物をする生活を送るためにはこの感覚とうまく付き合っていく必要があります。

また、万引きをしないようになっても後日逮捕の不安が残るというのもよく聞く話。これもすぐになくなるものではないことが多いです。

万引きを手放すこともそれなりに苦しいというのが現実です。手放すことで次の課題が見えてくる、そんな印象です。「万引きをやめたら、人生バラ色!」というほど簡単にはいかないというのが、わたしの感じている正直なところです。

万引きに依存する苦しさは気づかないことも多い

万引きに依存し続けると、苦しみはどんどん大きくなっていきます。しかし、本人はそれに気が付かないことも多いです。わたしの場合「苦しみを減らすために行っている依存行為によって、新たな苦しみが生まれている」、これに気が付けたのは万引きを手放した後です。おそらく、盗っていた頃は高揚状態になっていて、苦しいという感覚がマヒしていたのだと思います。手放す前は「盗っている方が楽」・「盗っている方が苦しみが少ない」・「盗ることで得をしている」と思っていました。だからこそ、なかなかやめたいと思えなかったのです。やめたくないとすら思っていました。

これには万引きは成功率が高いということも影響していると思います。同じ行為依存であるギャンブル依存症、こちらは大勝ちすることもありますが負けることの方が多く、徐々に借金が増えていき苦しくなっていきます。一方万引きは成功してしまうことの方が圧倒的に多いです。捕まる不安もありましたが、その成功率の高さゆえに大丈夫だろうと思ってしまいがちで、苦しさよりも満足感や達成感が上回ってしまうのではないかと思います。わたしの場合、毎日のように万引きをして、頻度高く満足感や達成感を得てしまっていたのも苦しさを感じにくかった一因だと思います。万引きをして家に帰る道中には、既に翌日はどこで何を万引きするかを考えていました。万引きをして満足感・達成感を得て、すぐにその後の万引きのことを考えてワクワクするような状態で、万引きに頭が支配されていました。自宅に帰って、盗ってきたものを眺めて、「何やっているんだろう…」という虚しい気持ちになることもありました。でも、一時的に虚しい気持ちにはなるものの、それを打ち消すようにに次の万引きのことを考えて苦しい気持ちを紛らわすので、結局「盗っている方が楽」という発想から抜け出せなくなっていたのだと思います。

依存症者が自分から医療機関や自助グループに助けるを求めるというのは多くありません。それは依存行為を行っている方が楽だと思ってしまい、「やめなきゃまずいとは思っていても、やめたいとは思えていない」ということも多いからです。

でも実際は違いました。盗らない生活の方がずっと楽です。万引きを手放して、やっとわかりました。そしてこの感覚はある程度盗らない期間が続かないと感じられないのかもしれません。

同じ苦しみなら、減らせる苦しみを

窃盗行為にどっぷりとハマっているときは、盗るのも苦しいしガマンするのも苦しいという「盗るも地獄、盗らぬも地獄」になってしまいます。しかしこの2つの苦しみには決定的な違いがあります。盗る苦しみはどんどん増えていくのに対し、盗らぬ苦しみは徐々に減らせる苦しみです。この苦しみは盗らないことによるデメリットとも言えますが、デメリットは時間経過とともに減り、メリットがデメリットを上回るようになります。そして盗らない生活を継続できれば、その差は広がる一方です。

盗る地獄を続けていると苦しみは底なし沼のようにどんどん深くなります。そして依存期間が長くなればなるほど、この沼から抜け出すことは難しくなります。一方、盗らぬ地獄は段々と苦しさが減ります。ガマンする苦しさもありますが、盗らないことでの満足感・達成感が味わえます。そして、時間経過とともに盗りたいという衝動欲求が減っていきます。また、依存行為に走る原因となり得る苦しさは、その苦しさをことばとして外に出したり、依存先を分散させたりするなど取り組み次第で減らすことが可能です。

抱え込む辛さよりも、正直に言う辛さを!

わたしは万引きがやめられなかった頃、そのことを誰にも言いませんでした。主治医にも家族にも仲間にも、誰にも言えませんでした。後ろめたい思いを抱え込んでいたのでそれなりに苦しかったと思いますが、それ以上に正直に言うことの怖さが勝っていました。隠している方がいいと思っていました。

でも今思えば、逆です。万引きを隠し続ける辛さは、窃盗衝動を強めてしまう辛さだったと思います。隠していることの後ろめたさで自分自身を更に追い込み、その辛さから依存行為に走ってしまうという悪循環を強化してしまいます。 こころが蝕まれていくような、重いどんよりとした終わりの見えない辛さです。 一方、正直に言うことの辛さは一時的であり、その後はむしろ楽になります。また、うしろめたいことを正直に話す辛さの経験は「もう隠し事をしたくない、万引きをしたくない!」という抑止力につなげることができると思います。同じ辛さでも、まったく逆に作用させることができると感じています。

盗らない生活を続ける中での変化

わたしの場合、万引きを手放せた後は窃盗衝動もなくなったので盗りたい気持ちをガマンする苦しみというのは感じませんでした。むしろ、盗らない生活を送れるようになった満足感や達成感があり、このままの調子で行ければこの生活を続けるのは難しくないとすら感じていました。

しかし、そこは回復し続けることが難しいと言われるクレプトマニアだけあって、一筋縄ではいきませんでした。時間経過とともに、盗っていた頃とは違う苦しさ・辛さが出てきました。盗らない生活を送れるようになり約1年が経った頃、生活の中で虚しさを強く感じるようになりました。
詳しくはこちらに書いています。

また、盗らない生活が1年半くらい続いた頃には、ちょっとしたことで気持ちが落ち込んでしまう状態にもなりました。それは、気分が落ち込むようなときには万引きという依存行為をすることでその苦しさを発散していたからだと思います。
詳しくはこちらに書いています。

万引きをしない生活の中で、盗っていた頃とは違う苦しさ・辛さが生まれてきました。それは確かに苦しいのですが、盗っていた頃とは質が全然違います。怯えながら過ごしていた頃より、盗らない生活の方がよっぽど楽です。自分が捕まる場面の夢を見るほど不安に追い立てられていた頃の苦しさとは比較になりません。

依存症からの回復に向けて

依存症者が依存行為に走ってしまうのは苦しみから逃れるためと考えられています。その苦しさは、依存行為(窃盗)によるものではなく、それ以前の、依存行為に走らざるを得ないほど苦しみを抱え込んでしまうという、依存症者としての根本的な問題点です。窃盗行為を手放すことができ、その苦しさから解放されると心に余裕が生まれ、根本的な問題点と向き合いやすくなると感じています。アルコール依存症者が酔っているときにその原因と向き合うのが困難であるのと同じように、窃盗にハマっているときには根本的な問題と向き合うのは難しいはずです。

依存症からの回復は、依存行為を手放せた状態が本当の勝負であるという話があります。依存行為を手放すのは第一段階であり、本当の勝負はいかに依存行為に頼らずに済む状況、自分を追い込みすぎない状況を作れるかということです。その段階に進むためにも、まずは依存行為を手放す必要があります。盗らない生活を送ること、最初は苦しいかもしれませんが、徐々に盗らない方が楽という段階に近づくことができます。そこを乗り越えられれば次の段階に進めるはずです。わたしの経験では、この「盗らぬ苦しみを乗り越え、盗らない方が楽という段階に至る」ことが本当に大事で、万引きを手放すことができた大きな要因の一つだと感じています。
詳しくはこちらです。

同じ苦しみなら、減らせる苦しみを選び、次の段階へとつなげていけるとよいのではないでしょうか。

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