「罪悪感の低さ」と向き合う

2020年7月25日

クレプトマニアが万引きなどの窃盗を繰り返してしまうことの理由の一つに、罪悪感が低いということがあげられると考えます。
窃盗被害を甘く考えてしまいがちです。

「罪悪感」よりも「捕まることへの不安」が強かった

お店の商品はお金を払って買う、そんな当たり前のことが当たり前にできないのがクレプトマニアです。
窃盗行為に依存しており、盗りたいという衝動に駆られるとそれを抑えることができません。

クレプトマニアは窃盗について、罪悪感はあってもその程度が低く、窃盗を軽く考えていることが多いと思います。
窃盗行為への罪悪感が低いために、数ある依存症の中でもクレプトマニアに発展してしまったとも言えるかもしれません。

わたし自身も、毎日のように万引きをしていた頃は万引きに対する罪悪感は低かったです。
そして、「売れ残ったら捨ててしまうのだから、万引きしてもいいだろう」、「頑張っても報われず損をしているから、その分盗ってしまえ」など、万引きを正当化する勝手な理論を自分の中で生み出していました

万引きした後に後悔というか、後味の悪さやうしろめたさはありました。
それは、罪悪感というよりも捕まることへの不安によるものでした。
「いけないことをした」というよりも、「見つかって捕まったらどうしよう」という気持ちが強いのです。
そのため無人販売所のような、発覚する可能性がほとんどない万引きであれば、捕まる不安も少なく精神的な落ち込みはほとんど抱かなかったと思います。

そして気になるのは、「お店に迷惑をかけた」ことではなく、「万引きって後日逮捕はあるの??」ということでした

また罪悪感についても、「万引き(被害者)に対する罪悪感」というよりも、「(万引きをしたことに)罪悪感がないことへの罪悪感」、「万引きがやめられないこと、社会のルールを守れないことに対する罪悪感」、という感じで、どこまでも自分中心だったように思います。
被害者に対する申し訳ないという気持ちは、ほとんど持てていなかったと言っても過言ではありません。

罪悪感はあるが少ない、そしてピントがずれている

診断ガイドラインのICD-10には「窃盗を働くというエピソード間には不安、落胆、そして罪悪感を覚える」とあり、クレプトマニアでも罪悪感がないわけではありません。
でも、少ないのだと思います。
そして、繰り返し窃盗を行うことで慣れてしまい、さらに罪悪感が少なくなるように思います。

また、罪悪感を抱いたとしてもピントがずれていることがとても多いです。
吉田精次著「万引きがやめられない クレプトマニア(窃盗症)の理解と治療」の中では、罪悪感の中で気になることとして「万引きした店や相手に対する加害者意識が極めて希薄であるということ」・「患者さんたちの罪悪感の大半は家族に迷惑をかけたというもの」をあげています。
さらに「捕まったこと、厳しい取り調べを受けたこと、裁判で判決を待つ間の不安な気持ちを経験したことなどに対して『大した額のものしかとっていないのに、なぜこんな扱いを受けなければならないのか』という被害者意識が認められます。」と書かれています。

これはわたしも同じように感じていました。
入院中のクレプトマニア当事者のみのミーティングで、「誰に迷惑をかけたか?」がテーマになったことがありました。
参加者の多くが、家族や職場など自分の周りの人に迷惑をかけたということを話し、お店など被害者について話した人はほとんどいませんでした。

窃盗行為にそのものに対する罪悪感が低いので、直接的な迷惑をかけたお店に対して、申し訳ないという気持ちが少ないのだと思います。
「万引きしたこと」でお店に迷惑をかけたというよりも、「捕まったこと」で家族や自分の周囲の人に迷惑をかけたことに罪悪感を覚えている状態です。
極端に言えば、捕まらなければ罪悪感はほとんど抱けなかったと思います。

窃盗への罪悪感が低いことを認める

「盗ってはいけない」というのは、小学生でも知っている社会のルールです。
そんなことも理解できていないとなれば、恥ずかしい・情けないような気もしてしまいます。

でも、きちんと理解できていないのが現実、そこを否定しても前に進めないと思います。
わかっていれば、盗ったりはしませんし、実際多くの世の中の人が窃盗をせずに生活をしています。
盗ってはいけないのに、枯渇恐怖・損得勘定といった認知の歪みを利用して、いろんな理論をつけて正当化して盗ってしまうのです。

万引きを繰り返してしまうのは、損得勘定や枯渇恐怖が強いというのもありますが、やはり罪悪感が低いのだと思います。

まずは「窃盗への罪悪感が低い」ということをきちんと認め、それを補う方法を考えることが必要です。

「枯渇恐怖・損得勘定」、「認知の歪み」ついてはこちらで書いています。

どうやって「盗ってはいけない」と思えるようになったか?

わたしは入院治療を行うことで、盗らない生活を送れるようになりましたが、入院生活で自分自身の問題点と向き合う中で、万引きへの罪悪感が低いことを痛感しました。

万引きを止められなかった頃のことを振り返ってみると、誰に迷惑をかけたかという時にまず思い浮かべるのは「家族」、お店に対して悪いと思えていないのです。
そのため「盗ってはいけない」ということを自分自身にわからせるために、多くの時間を割きました。

そこで考えたのが「お金の流れ」、「家族」です。

小売店は、基本的に商品を売ることでしか利益を得ることはできません。
商品を買い付ける→お店まで運ぶ→棚に並べる→レジでお金を回収するなど、商品を売るまでいろんな工程がありますが、最終的にお金を払ってもらわなければ、何の利益にもなりません

もし万引きをしてしまったら、お店にはお金が入りません。
万引きをしたらお店から、お金を奪うことになります
「万引き」というとどうしても軽く考えてしまいがちなんですが、やっていることは「現金強盗」と同じです。

そして、お店で働く人の給料は、お店の売り上げから支払われます。
万引きをすることは、給料として支払われるべきお金を奪っていることになります。
つまり、万引きをすることはお店の人の財布から現金を盗んでいるのと同じです。
お店の人どころか、商品を買い付けた人、そこまで運んだ人など多くの人から現金を奪っているのです。

万引きは目の前の商品を奪っているのですが、巡り巡って、多くの人から現金を奪っているのです。

クレプトマニアでも、すべての窃盗行為に罪悪感がないわけではありません。
「万引きはしてしまうが、置き引きはあり得ない」、「ロッカー荒らしはしてしまうが、万引きはダメでしょ」、などといった具合です。
わたしは万引き以外の窃盗行為はせず、現金を奪うとなれば「それはダメでしょ」と思えます。
そのため、お金の流れを考えて、「それはダメでしょ」と思える現金を奪うというところまで話を拡げて考えるようにしました。
そこまでしてやっと、被害者に対して申し訳ないという気持ちを抱けるようになり、万引きはダメだという認識を強くすることができました。

さらに、認識を強めるために利用したのが「家族」です。
わたし自身もそうなのですが、クレプトマニアにはこの「家族に迷惑をかけている」という考えに弱い人が多い印象があります。
それを利用するために考えを家族にまで拡げました。

商品を売るために働いている人にも、家族がいます。
その人が家計を担っているのであれば、その家族の財布からもお金を盗んでいるのと同じです。
わたしが万引きをすれば、そこの従業員だけでなくその家族をも苦しめることになります

万引きをするとそのお店の人に迷惑をかけているばかりでなく、その商品を売るまでに携わった多くの人たち、さらにはその家族にも迷惑をかけていると想像することで、「盗ってはいけない」という認識をさらに高めることができました。

目の前のことしか考えられていない

このように書き出してみると、万引きを繰り返していた頃は本当に目の前のことしか考えられていなかったと痛感します。

盗っているときには、目の前の商品と自分との世界に入ってしまっていました
商品がお店に並ぶに至るまでに何があるかなんて、考える余裕もなかったです。

時間的なこともそうです、本当に刹那的というか、目先のことしか考えられませんでした。
捕まったらどうなるか、その先にどうなってしまうのかなんて考える余裕がないというか、考えていたとしても窃盗欲求が湧き上がってくれば、全部吹っ飛んでいました。

そして何より、相手の立場に立って考えるということができていませんでした
自分が被害者になったらどう思うかなど、被害者側の立場で考えることができていませんでした。

万引きをしない生活になり、罪悪感の低さを自覚し、自分の問題点と向き合うことで、本当に多くの人に被害を与え続けてしまったと痛感しました。
犯罪だと知りながらも罪悪感をほとんど持てずに万引きを続けてしまったこと、そしてそれを改善しようとしなかったことに本当に情けなくなりました。

毎日のように万引きしてしまう生活の中では、目の前のことしか考えられず、自分自身の問題点とじっくり向き合うというのは難しいかもしれません。
実際にわたしも「入院」という、最終手段で万引きを止めたことで、やっと問題点と向き合うことができました。
心と向き合う余裕がない状態でも、「罪悪感が低い」ことを認識するだけでも違うのではないかと感じています。

考えの変化を感じられた出来事

退院をするときに、罪悪感の低さが改善してきたことを感じられた出来事がありました。

退院の時には、自家用車で高速道路を利用したのですが、高速道路を走っていると、途中で大手スーパーの物流センター(倉庫)の大きな建物の横を通ります。
その時に、「わたしは万引きをすることで、ここで働いている人たちの財布からもお金を奪ってたんだな」と思い、本当に情けなくなりました
そして、盗らない生活を続ける努力を続けようという思いを強くしました。

外泊をするときにも高速バスで何度か高速道路を利用していて、物流センターがあることには気が付いていましたが、その時にはそこまで気になることはありませんでした。
それが退院時に通った時には、何とも言えない情けなさを感じました。
入院中に、いろいろと考えたことで、「万引きはやってはいけない」という認識を高めることができたんだと、取り組みの効果を感じることができました。

また、台風の時期に物流が滞り、スーパーやコンビニに商品が届かないことがありました。
そのときにも、一つの商品がお店に並ぶまでに多くの人の手が関わっていることを認識し、もし万引きしたら多くの人たちからお金を奪うことになるという思いを強めることができました。

目の前のことだけでなく、その背景を想像できるようになったと思います。

「万引きはダメ」と認識するのにおすすめの本

万引きが悪いことだと認識するのにおすすめなのがこの「中学生までに読んでおきたい哲学② 悪のしくみ」です。
コロナウイルス感染拡大の影響で休校になった子供向けの本として、新聞広告に掲載されているものが目に留まり読んでみました。

タイトルのように、中学生でもわかる内容です。
様々な項目について書かれていますが、「万引き」は井上ひさしさんが自分の体験を書いたもので5ページ程度で、5分もあれば読めるような量です。
「万引き」をするとはどういうことなのか?、何が起こるのかなどが書かれており、万引きへの罪悪感が低いわたしにとって、とても考えさせられる内容でした。

かなり、おすすめです。

「情けなさ」を感じることで補う

罪悪感が低いという問題点と向き合い、いろいろと考え、改善することは意味があると思います。
しかしそれだけでは不十分だとも感じます。

クレプトマニアは窃盗行為に関して、残念ながら「罪悪感」というブレーキは壊れていると思います。
壊れていないとしても、とても利きが悪い状態です。
いくら強く踏んでも、「罪悪感」のブレーキだけでは止めることができないと思います。
違うブレーキを用意する、つまり窃盗行為のブレーキになる「罪悪感」以外のものを探す必要があるのではないでしょうか?

わたしが有効だなと感じているのは、盗ってしまうことに「情けなさ」を感じられるようになることです。
「罪悪感の低さ」を、「情けなさを感じる」ことで補おうという作戦です。

「万引きを繰り返していろんな人に迷惑をかけること」を情けないと感じ、そんな状況から抜け出したい、もう戻りたくないと思えるようになるには「棚おろし」(過去のやってきたことを振り返ること)が効果的だと思います。
決して楽な作業ではありませんが、盗らない生活を積み重ねるためにも棚おろしをやる意味は大きいはずです。

「棚おろし」や「情けなさ」に関連する項目はこちらです。