刑務所には戻りたくない ~Hさん(40代男性)の場合~

2021年3月18日

アルコールの万引きを繰り返し服役を経験したHさん(40代男性)がインタビューに応じてくださいました。(2021年3月9日)

うつ発症と飲酒量の増加

わたしは今は一人暮らしをしています。
刑務所を出てから12年が経ちますが、今は精神障害者保健福祉手帳(二級)を持っています。近所の学習塾で高校生に勉強を教えたり、趣味と実益を兼ねた作曲をして収入を得たりもしていますが、生活保護を受けています。以前はパソコン向けのソフトを作って販売したりもしていました。

わたしが万引きを繰り返していたのはアルコールに関連しています。
今から25年ほど前、大学生だったわたしは卒業目前に教授からのいじめ、いわゆるアカデミックハラスメントを受け、うつになってしまいました。そこで大学を中退し、実家に戻ったのですがこの頃から飲酒量が増えました。実は父がアルコール依存症で、アルコールに依存しやすい環境だったともいえるかもしれません。また、家族からも離れ一人暮らしをするようになると更に飲酒量が増えました。学習塾での講師なども行っていましたが、自動車ローンを組んだこともあり、お金が足りなくなりました。そこでビールや高価なものを万引きして飲酒・転売を繰り返すようになりました。正直に言うと万引き自体は小学生の頃からやっていました。当たり前のようにやるようになったのは30歳近くになってからです。わたしの場合、窃盗は目的ではなく手段であったので、厳密な意味ではクレプトマニアではないと思っています。

万引き・転売を繰り返してもローン返済はできず、万引きを繰り返すようになって3年ほどしてから自己破産をしました。その結果、ローン返済目的の万引き・転売はなくなりその後はアルコールばかりを万引きしていました。

毎日のように万引きを繰り返す

一人暮らしになってから、夜になるとお酒を飲むのが当たり前の生活になっていました。お酒が欲しくなれば、万引きするために出かけます。近所には複数のコンビニがあったので、今日はこの店、明日はあの店という感じであちこちで毎日のように万引きを繰り返しました。毎日のように万引きをしていれば当然捕まります。何度も捕まり、罰金、執行猶予と犯罪歴が多くなっていきました。それでも万引きを繰り返しました。捕まっても、「次は他の店で盗ればいいや」くらいにしか思えなかったのです。裁判を経験して執行猶予をもらっても、その考えは変わりませんでした。そして執行猶予期間中に再度万引きで捕まり、1年2か月の実刑判決を受けました。

万引きを甘く見ていた

なぜ執行猶予中にもかかわらず万引きをしたのかと言えば、正直に言って甘く見ていたからです。執行猶予中に再犯で捕まると実刑になるということを知りませんでした。また、捕まった時も家族や友人が警察に身柄引き受けにきてくれたので、留置された経験もありませんでした。そのため身体拘束されることの辛さを甘く見ていたと思います。

かといって、捕まらずに万引きをやめられたかと言ったら、それも厳しかったかなと思います。刑務所に入るくらいのことがないと、アルコールも万引きもやめられなかったのではないかと。もしあそこで捕まらずに万引き・飲酒を繰り返す生活をもっと長く続けていたら、アルコールにどっぷりとハマっていたと思いますね。刑務所に入るという半強制的な方法でないと飲酒をやめられず、万引きもやめられなかったのではないでしょうか?あのタイミングで飲酒をやめられたおかげで、今は手の震えもないですし健康被害も出ていません。断酒ではなく、節酒でなんとかなるレベルにとどまることができたのは、ある意味あのタイミングで捕まったおかげですね。

もう刑務所生活には戻りたくない

わたしは初犯刑務所に収監されました。初犯刑務所は楽という言い方もされたりしますが、自由がない生活はやはりしんどいですよ。そして、人間としての尊厳もない、もう戻りたくないと思わせるだけの環境です。特に辛かったのは冷暖房がなかったことです。冬の寒さももちろんつらいのですが、夏の暑さがとにかくつらかったです。刑務所内は冷暖房なし、真夏でもうちわを1本渡されただけですからね。そりゃ、早く出たくもなりますよ。わたしは満期より約6カ月早く仮釈放になりました。

釈放後の生活

釈放後は釈放時に紹介された精神科に通院を続けています。うつもありますが、アルコールの問題なども含めてお世話になっています。お酒は程々に飲んでいる、節酒と言われる状態です。飲みたい気持ちをコントロールできていますお金がない時は飲酒を諦めていますので、万引きもしていません。血液検査のデータから「飲みすぎちゃだめだよ」、「あ、バレました?気を付けます」といったやり取りをするなど、医師との関係も良好です。これは今の盗らない生活を続けるうえで大きな支えになっていますね。

今の生活で窃盗の大きな抑止力になっているのは服役経験です。もう2度とあのような思いはしたくないので、あの経験は窃盗だけでなくあらゆる触法行為に対する大きな抑止力になっています。

窃盗をしたいという気持ちは全く起きません。ただ、窃盗のみならず他の犯罪をしてもすぐに見つかるように、髪を腰まで伸ばしてピアスを開けています。外出時にはピアスをつけ、目立つようにしています。

自己肯定感を満たす 孤立しない 

精神的な部分では作曲の仕事がとても役に立っています。音楽は大学の時にピアノを始め、その後友人に依頼されて曲を作ったことをきっかけに、作曲もするようになりました。今は作品サンプルを提示して依頼があれば作品提供をしています。趣味と実益を兼ねていますし、自分が作った作品が評価されることで自己肯定感が高まることを感じます。無理しない範囲でやっているのもいいのだと思います。

また、1人になるのはよくないですね。これは精神的な部分で。わたしが万引きを繰り返していた頃は一人暮らしで、塾講師もしていましたがアルバイトだったので所属組織がなく、社会的に孤立していました。家族もばらばらになってしまっていました。その結果、自暴自棄になっていた部分があると思います。今は一人暮らしではありますが、インターネットがあるので大学時代の友人と連絡を取っています。わたしの場合、大学時代の友人が結構あちこちにいるんです。彼らとネットを通じてコミュニケーションをとることで精神的に満たされている部分はありますね。地理的な問題もあり自助グループには参加していませんが、自宅にいてもうまくインターネットを使えば孤立しない環境は作れると思います。

お酒とうまく付き合う

わたしが万引きを繰り返したのは、飲酒目的でした。ですので飲酒量をコントロールできるようになったことは盗らない生活を送るうえで重要なことです。それには精神科に通院して医師と良好な関係を築けていることが大きく影響しています。誰かに助けてもらうことは大事ではないでしょうか?

服役経験は大きな抑止力になっていますが、経験しないに越したことはありません。服役を経験した者として、それは断言できます。

今、苦しんでいる人たちには「世の中、本当にどうにもならないことってそうそうないのでは?」とお伝えしたいです。わたしはは高校も大学も中退し、精神科にも何度も入院して刑務所にまで入りました。(父親のアルコール依存症による)一家離散、自己破産も経験しましたが、今は悠々自適の生活を楽しんでいます。誰しも過去の上に現在があるのは事実ですが、『現在が過去を作る』のも事実です。『弁護士が犯罪を起こして刑務所に入る』のと『収監経験のある者が弁護士になる』、どちらも人生体験としては同じで順番が違うだけです。しかし、社会的評価は全く異なります。弁護士になる必要はありませんが、一度マイナスの地位に落ちた人ならば、『人並み』になるだけで大きく評価されます。よって、何らかの失態を犯してしまった人には、一般の人にはには与えられないチャンスが与えられていると考えることもできるのです。

インタビューを終えて

「飲酒が我慢できず、アルコールを万引きしてしまう」というのは、「食べる量をコントロールできず、食べ物を万引きしてしまう」という流れととても似ています。Hさんがおっしゃっていた「アルコール量をコントロールできることが万引きしないことにつながっている」とのお話は、スリップ(単発の再発)のリスクを減らすためにも摂食障害の回復が有効であるという話につながると感じます。

また、「自己肯定感を高める趣味を持つ」、「孤立せずに人とつながる」という精神的な支えは回復し続ける上でとても大切なことであると再認識しました。回復し続けている方のお話はとても説得力がありました。

インタビューに応じてくださったHさん、本当にありがとうございました。


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