子どもを傷つけたくない思いから手放せた ~Mさん(40代女性)の場合~

一時的に万引きを繰り返し、捕まる前に自力で万引きを手放したMさん(40代女性)がインタビューに応じてくださいました。(インタビュー日:2021年9月3日)

両親は依存症

わたしは両親と弟二人の5人家族でした。父はアルコール依存症、母は買い物依存症でした。酔っ払った父からは理不尽に叱られることもよくありました。そして家には母が買い込んだものがたくさん置いてあり、家が安心できる場ではなかったんです。だから早いうちから家にいたくないという思いはありました。中学生の頃から、学校帰りに友人宅にいったり、塾で時間を潰したりして、最終的にはきちんと帰ってはいましたが、できるだけ家にいないようにしていました。

高校生で摂食障害に

高校生になり、家にいたくないという思いから、とんかつやさんで調理のアルバイトを始めました。早くお金を貯めて家を出たいという思いもありました。そこで夏休みには毎日のように、1日中アルバイトをしました。暑い調理場で長時間揚げ物をしていると、とにかく喉が渇きます。食欲は湧かず、休憩時間にはペットボトル3本のお茶を飲み干してまた仕事をする、そんな生活になりました。すると自分でも気が付かないうちに体重が減っていきました。

夏休み明け、久しぶりに制服を着てみるとウエストが緩く、「ん?痩せたかな?」という感じでした。そして学校に行くと、友人に「太ももが細くなったね!どうしたの?!」とうらやましがられたのです。ちょっとぽっちゃり体型だったわたしは、この時に痩せることの快感・高揚感を覚えてしまいました。自分という存在を初めて認めてもらえたような気がしました。しかし、学校が始まればアルバイトの時間も短くなり、長時間のアルバイトで落ちていた食欲も戻ります。そしてアルバイト先では残り物のとんかつをもらえるようになったので、食べるのが止まらなくなってしまいました。食事量が増えると体重が増えます。一方で痩せたことをほめられた高揚感が頭から離れません。そんなときに過食嘔吐を覚えてしまいました。

食べ物には困らなかった

普通だったら過食するために食べ物を買うということになると思いますが、わたしの場合は違いました。アルバイト先で残ったお総菜をもらうことができました。また、買い物依存の母がカップラーメンやレトルト食品、お菓子などを山のように買い、家の中に置きっぱなしにしていました。中には腐らせてしまうものもありました。そんな状態だったので、家の中にある食べ物を勝手に食べても何も言われなかったのです。言ってみれば勝手に盗って食べてたんですよね。そのため、特にお金の心配をすることもなく過食ができました。父は外でお酒を飲んでくるので帰宅が遅く、母は夜の時間に仕事で外出していたのでその時間に過食嘔吐をすることで家族にもバレることなく、毎日の過食嘔吐が習慣化してしまいました。

妊娠、そして結婚 夫はギャンブル依存症

19歳で妊娠が発覚し、結婚、それを機に家を出ました。早く家を出たいと思っていたわたしにとって、妊娠というのはとてもいい口実になりました。妊娠を機に結婚をし、実家から離れたところで生活を始めたのですが、妊娠中も出産した後も過食嘔吐はやめられませんでした。また、実家から離れたことで、それまでは勝手に食べてられていた母が買い込んだ食料ももらえなくなってしまいました。過食嘔吐をするためには食べ物を購入する必要が出てきました。そして、結婚してから夫がギャンブル依存症で、借金があっただったことが発覚します。収入はそれなりにあったのですが、その多くは借金の返済に充てられました。必然的に生活費は限られていきました。

スーパーで万引きをするように

経済的に苦しい状態でしたが、子供の学資保険は減らしたくないと思っていました。それはわたし自身が経済的理由で進学を諦めたことがあり、自分の子供には同じような思いをさせたくないと考えていたからです。父がお酒のためにお金を使い、母が買い物依存でお金を浪費し、自分は進学を諦めなくてはならないことに怒りを感じていました。また、高校生の頃は家にいたくないという思いからアルバイトに明け暮れ、それなりの金額の貯金があったのですが、通帳の管理を母に任せていたところ、母の買い物費用に充てられてしまい、ほとんど残金がない状態になってしまったという経験をしました。そのため、お金が無くなることに対する不安、枯渇恐怖が強まっていたと思います。子供のために進学に必要なお金は確保しなくては、そんな思いがありました。

その結果、しわ寄せが来たのは生活費です。だからと言って過食嘔吐を手放すことができませんでした。ストレスの捌け口として食べることがやめられなかったのです。その結果、スーパーで万引きをするようになってしまいました。親の依存症問題で進学できなかった、だからお金を使いたくない、そんな状況で過食嘔吐にお金を費やしたくないという思いが、過食嘔吐をやめようではなく過食嘔吐の食べ物を万引きしようという、間違った方向に作用してしまいました。初めて万引きした時に感じた高揚感は、痩せたことをほめられた時の感覚と似ていました。

スーパーに行くときは子供も一緒で、カートに子供を載せ向かい合わせになった状態で店内を回っていました。わたしが万引きするのは菓子パン2~3個、自分用のものです。店内を回って一度かごに入れたものを、目につかないところに移動してカートの取っ手にぶら下げたカバンに入れるようにして万引きしていました。その動きは子どもの目にも入るものでした。一度万引きを始めたらどんどん上手になっていくのがわかり、どんどんエスカレートしていきました。お店が食糧庫になっているような感覚で、毎日のように万引きをしていました。

それでも始めは罪悪感があり、少しでもお店に迷惑をかけないようにしようと割引の品を盗るなど、被害を少なくしようと悪あがきをしました。それでも、盗るのをやめようとはならなかったんですが…。良くないとは思いつつも続けてしまいました。

大切な家族の存在に気付いた

万引きをしていた頃にテレビで万引きGメンの特集をやっているのを目にしました。他人事とは思えず、手が止まりました。「わたしが警察に捕まったら、両親か夫が迎えにくるんだろうな」と考えました。でもその時には、それが両親や夫に迷惑になるなどとは考えられなかったんです。父も母も、夫もわたしのことを大切にしてくれているなんて思えず、「お願いだからやめて」とか「なんで捕まっちゃったの?」、「あなたのことが大事なの」などと言われても全然響かないことが想像できました。わたしはそれまではアルコール依存症の父、買い物依存症の母に散々嫌な思いをさせられてきました。ギャンブル依存症の夫に関してもそうです。むしろ迷惑をかけたいとすら思っていたかもしれません。 当時のわたしは周りから大切にされてる感覚、人から愛されてる感覚が欠如していました。いつも不安で、安心感なんてどこにもなく、常に緊張状態にいました。わたしなんてどうでもいい存在なんだと自暴自棄になっていました。そういうモヤモヤした気持ちを誰にも言えない、そんな状態だったなと感じています。

それが、半年ほど万引きを続けていた時、いつものようにカートに子どもを載せて店内を歩きながらカバンに菓子パンを入れようとしたときに、ふと子どもの目線が気になりました。「何やってるんだろう、わたし…」と思いました。「このまま万引きを続けて捕まったら、子どもに悲しい思いをさせる、大切な家族を困らせる、何とかしなくては」とこころから思ったのです。 自分は両親から愛されている感覚が持てずにいましたが、カートに座る子どもを見て同じような思いを自分の子どもにさせたくないと思いました。わたしが万引きを続けて捕まったら、この子に同じような思いをさせる、それは何としても避けなければと。子どもがわたしと同じように苦しみながら生きる子になるのが本当に嫌でした。その思いがわたしに万引きをやめることを決意させました。そんな日が急に訪れたんです。

ポイントは「わたしが大切にしたい人がいたかどうか」 だと思います。 例えば親に「あなたが大切なの」と言われても、そういうことではないんです。わたし自身が子どものことをこころから大切にしたい、傷つけたくないと思いました。自暴自棄になってはいましたが、子どもだけは何とか守らなくてはと思いました。すると「万引きなんてしている場合じゃない」と、やめようと思うことができました。

やめるのは苦しかった

絶対やめよう!とは思いましたが、最初は葛藤でした。やめることを決意した当初は盗りたい衝動が強くありました。たかが菓子パン2~3個、金額にしたら500円にも満たない買い物ですが、 やっぱり大変でした。めちゃくちゃ大変でした。わたしの食糧庫がなくなってしまうんです、そりゃ大変でした。とにかく子どもに嫌な思いをさせたくない、その一心でした。やめようと思った次の日から、 「わたしは買える、ちゃんと払える。お金を出して、ちゃんと買える。やればできる!」と心の中で唱え続けて買い物をしました。 「ちゃんと買おう、買わなきゃだめだ」と自分に言い聞かせるようにしてレジに向かいました。「盗っちゃえばいいじゃん、見つかったことないし」という気持ちとの葛藤です。盗りたい気持ちをガマンしてレジで支払いをする、清々しい気持ちでお店を出る、それを繰り返しました。初めてちゃんと買えたときは、心底ほっとしました。「もうちゃんと買えないんじゃないか?」と不安になっていたので、「わたし、ちゃんと買えた。やればできる!」という気持ちでした。万引きをやめようと取り組んで最初の10日ほどは本当に苦しかったです。最初はお金を払うことで損した気分がしたり、お金が減ることが不安になったりもしましたがそのような感覚も少しずつ減り、その後は万引きを手放すことができました。

万引きがやめられないときは自分が悪魔に取りつかれたというか、モンスターのように感じてたんです。自分のこころは全部死んでたと思っていましたが、万引きをやめることができて「人間らしさも残っていたんだな」と安心しました。ちゃんと買うことができたし、大切な家族を傷つけずに済みました。これで子どもを傷つけずに済むと思った時の安堵感が半端なかったです。もうこれからは、ちゃんとお金払って買おうと思いました。約半年で万引きがやめられない生活を抜け出すことができました。割引のパン、安売りのものを買うなどの節約志向は続いていましたが、きちんと買うことができるようになりました。

正直に話すこと、助けを求めることが大切

実は万引きをやめた頃、実家の近くに引っ越していました。実家では買い物依存症の母が相変わらず食べ物を大量に買い込み、ため込んでいました。そのため、実家に帰り食べ物を手に入れられる環境になったんです。これも、万引きを手放すのには好都合だったと思います。それでも、万引きする生活に戻らないようにするためにルールを作りました。それはきちんと母に声をかけてから、もらうようにするということです。以前実家で生活していた時は、黙って食べていました。いくらため込んでいるものとはいえ、母が買ってきたものを勝手に食べていたんです。それは「バレなきゃいい」という発想につながる可能性があり、良くないことだと思ったので黙ってもらうことはやめ、「これ、もらうよ。」などと声をかけるようにしました。買い物に限らず、きちんと手順を踏んでもの手に入れるということを意識的に行いました。また、「夫がギャンブル依存症で生活費に困っているから食べ物が欲しい」ということも正直に伝えました。

今思えば、万引きをしてしまった頃にも「生活費に困っているから助けてほしい」と正直に助けを求められれば良かったんですよね。でもそれができなかったんです。自分が困っていること、うまくいっていないことを外に出せなかった。弱いところを出す強さがなかったんです。それを隠すことなく、正直に伝えられたことも万引きをやめる上ではとても大事だったと思います。

今は過食嘔吐も手放した

わたしは幸運にも、自力で何とかなる段階で万引きをやめることができました。それでも手放すのは簡単なことではありませんでしたが、子どもの存在が本当に大きかったです。その後ギャンブル依存症の夫とは離婚しました。大切な子どもを育てるために頑張って働いたのですが、そこでうつになって退職するなどそれなりに苦労しました。その職場で出会ったのが今の夫です。再婚をした後も過食嘔吐が続いていたのですが、1年前に過食嘔吐も手放すことができました。それについても、夫や母に過食嘔吐であることを正直に伝えられたこと、母との関係を再構築できたことなど大切な家族の存在が大きかったと思います。

助けを求める、誰かを頼る

万引きをしていたのはお金を減らしたくないからだったのですが、お金を減らしたくなかったのは助けを求めることが怖かったからです。お金が無くなってどうしようもなくなってしまったら誰かに助けを求めなくてはいけないからです。本来であれば、お金が足りないのであれば万引きをするのではなくて、親族に相談するとか、生活保護の受給を相談し役所の窓口に行くとなど助けを求めることを考えなくてはいけなかったんです。でも、それができなかった。結局のところ、誰かに助けを求めるということができない、人に助けを求めることがすごく怖かったということが、万引きにつながってしまっていたのだと思います。この助けを求めることが苦手というのは、他の依存症の人にも通じる部分なのではないでしょうか。

わたしの場合、子どもに嫌な思いをさせたくないという気持ちになったことが万引きを手放す大きなきっかけでしたが、母に「生活費に困っているから食べ物が欲しい」と助けを求められるようになったことも大きかったと思います。自分の置かれている状況を正直に話し、人に助けを求めたり、誰かに頼ることができるようになったことが万引きを手放すことにつながったし、その後の過食嘔吐を手放すことにもつながったのではないかと感じています。

インタビューを終えて

今回お話を伺ったMさんが万引きをしてしまっていたのは約15年前です。そして、今回のインタビューを受けていただくことが決まるまで、そのことは口外していなかったそうです。それでも、お話を伺うと当時の様子を詳細にお話ししてくださいました。鮮明に記憶されていたのは、やめるために必死に取り組んだからと思います。また、万引きを繰り返していた時期はとても苦しい時期であり、「その頃には戻ってはいけない」という強い思いを持ち続けていらっしゃるのだと感じました。自力でやめられた要因として「万引きをしている期間が短く依存症にまで至っていなかった」ということも考えられますが、やはりどんな段階であってもやめるのはとても大変であり、やめられている人はそれなりの努力をしているということを痛感しました。そして、「やめなきゃまずい」程度ではなく、こころの底から「やめたい!」「やめよう!」と思い行動につなげることが大切であると再認識しました。

今まで胸の内に秘めていたことを詳細にお話ししてくださったMさん、本当にありがとうございました!

また、Mさんはご自身の問題と向き合うことで1年前には22年間続いていた過食嘔吐も手放すことができたとのことです。そのお話も大変参考になるものだったので、別のページに掲載させていただきました。こちらもぜひお読みください!

Mさんが過食嘔吐を手放すことができた経緯はこちらです。

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