こころと向き合い22年間の過食嘔吐生活を卒業 ~Mさん(40代女性)の場合~

摂食障害(過食嘔吐)のために万引きを繰り返したMさん、自力で万引きをやめ、さらには22年間続いた過食嘔吐も手放すことができたそうです。(インタビュー日:2021年9月3日)

体型へのこだわり

わたしは高校1年の時に摂食障害・過食嘔吐になり、そこから22年間の過食嘔吐生活を送りました。40歳近くになってやめられました。

体型については「やせ気味」という位置にいることにこだわっていました。痩せたいという思いはありましたが、痩せすぎになりたくないと思っていました。というのも、アルコール依存症の父は食事をまともに食べずにお酒を飲んでばかりでガリガリに痩せていたからです。そしてそんな父を母はいつも心配していました。そんな父のようにはなりたくない、そして母を心配させたくない、そういう強い思いがありました。そのため、友人から痩せたことをうらやましがられ、その快感から過食嘔吐になりましたが、「もっと痩せたい!」と思うことはありませんでした。でも、結果的に極端な体形変化が起こらなかったことが、過食嘔吐が周囲に気づかれにくく、長期化した一因になったと思います。

自宅での過食嘔吐はバレなかった

過食嘔吐を続けるには食べ物が手に入らないとできないし、家族にバレることでやめるきっかけになったりすることもあるかもしれません。わたしの場合、良くも悪くも続けられる環境にあったんです。高校生の頃は、アルバイト先からお総菜をもらったり、買い物依存症の母が買い込んで自宅に置いてあった食べ物を食べることで、食べ物の調達に苦労することはありませんでした。そして父は帰宅が遅く、母も家を空ける時間があったので、家族にバレずに家の中で過食嘔吐をすることができました。19歳で結婚して家を出てからも、夫は自宅を開ける時間が多く、過食嘔吐は続きました。そして、過食嘔吐の食べ物欲しさに一時的には万引きもしてしまいました。万引きは半年ほどでやめることができましたが、万引きをやめても過食嘔吐は続きました。妊娠・出産、更には離婚や再婚を経てもやめることはできませんでした。

きっかけは自分に投資したこと

最初に結婚した夫はギャンブル依存症でした。結婚生活では経済的にかなり苦しく、万引きをしてしまったのもこの頃でした。子育てにも協力的ではなく、離婚することになりました。離婚したら借金の返済から解放されたので、自由に使えるお金が増えました。

また、再婚したり、下の子が生まれたりして生活環境も変わりました。そんな中、育児を通して心理学を勉強しようと思い有料のセミナーを受講しました。上の子が17歳、再婚後に生まれた子が5歳、わたしは37歳になっていました。自分のためにお金を使うのは、それまでにないことでした。この頃から少しずつ自分を大切にする方向への変化が始まっていたのだと思います。言ってみれば自分の未来のために自己投資ができたんです。そこで心理学について学んだことで、自分には親子関係に問題があることを認識するようになりました。そして、その問題と向き合うことで過食嘔吐の問題も改善できるのではないかと思うようになりました。そこからは摂食障害のセミナーもお金を払って受講しました。

今の夫と出会ったことも大きかったです。離婚して1年後、25歳の時のことでした。今の夫は父と真逆のタイプです。結婚する前に4年付き合ったのですが、すごく優しくよくほめてくれたし、サポートたくさんしてくれました。夫に対して、安心感を抱けるようになっていました。安心感を抱けるようになったことも、過食嘔吐を手放す方向への変化の後押しになっていたのだと思います。

夫・息子・母に正直に思いを伝える

夫とは離婚後に働き始めた職場で出会いました。仕事が大変でうつになり退職することになったのですが、その時にいろいろと気にかけてくれて、退職後にお付き合いをするようになりました。その後も精神的な問題が続き、約1年間仕事もできない状態だったのですが、その頃にも献身的にサポートをしてくれました。 4年の付き合いを経て再婚したのですが、過食嘔吐のことは話すことができず、かくれて続けているような状態でした。悪く思われたくない、そういう思いで、ずっと隠していました。この人には知られたくない、知られたら離れて行ってしまうかもしれないとも思っていました。どうやったらばれないか、と隠すことを必死に考えていました。夫が優しく、離れていってほしくないと思っていたからこそ言えなかったんです。でも隠していることに苦しさもありました。夫との生活を送る中で、夫に対して「これ以上この人にウソをつけない。嘘の自分を見せ続けているのは彼に申し訳ないし、本当のことを隠しているのはよくない。真実を伝えたうえで離れてしまうことになったらそれは仕方ない、本当のことを伝えたうえで彼にしっかり決めてもらいたい。」、そう思うようになり、正直に過食嘔吐が続いていることを伝えました。摂食障害のセミナーを受講した頃のことで、出会ってから12年経っていました。とても勇気のいることであり、自分でもびっくりするような心境の変化でした。勇気を持って正直に伝えると夫は否定することもなく、「大丈夫、正直に言えたんだからそのうち治るよ!」と言ってくれたのです。一番身近な人に受け止めてもらえたこと、これはとても心強かったです。やっと私のことを信じてくれる人が現れたんだと、本当にうれしかったです。「過食嘔吐の症状が出てもそれでいいから、何かあったら正直に言ってね。」とも言ってくれました。隠し続けなくてはいけないという苦しさから解放されました。この夫の理解が過食嘔吐を克服しようという思いを強くさせてくれました。「隠さなくていいから堂々と続けよう」ではなく、「こんなに信じてくれているんだから、頑張って過食嘔吐を克服しよう」そう思えたから不思議です。

そして長男にも伝えました。夫に伝えた頃、長男は医療系の専門学校への進学が決まっていました。授業の中でも摂食障害が取り上げられることを知りました。そこで、摂食障害であることを伝え、「授業で摂食障害のことを取り上げたらお母さんにも教えてほしい」といったらあっさりと「いいよ」と言ってくれたんです。子供に頼ってもいいと思ったら、もっとほっとしてしまいました。その後には次男にも伝えたので、家族みんなわたしが摂食障害であることを知っています。

また、母にも正直に伝えました。実は母には一度最初の結婚生活中に過食嘔吐のことを話し、助けを求めたことたことがあります。でもその時には「なんでそんなことしちゃうの!」と言われてしまい、辛い気持ちを汲みとってもらうことはできませんでした。どうしてそうなってしまうのか、わからないからこそ一緒に考えてもらいたかったのに、逆に責められたような気持ちになってしまいました。それ以来、母には言わないようにしようとずっと隠したままでした。でも、心理学や摂食障害のセミナーを受けたことで、わたしにとって母親との関係修復が大切であることを感じていました。こころから過食嘔吐をやめたいと思ったし、それには母に協力してもらうことがどうしても必要だと思ったので、夫に正直に打ち明けた頃に母にも正直に話しました。とても勇気のいることでした。この頃には父はアルコール依存による影響で身体を壊したこともあり、他界していました。それにより母の買い物依存症も落ち着いていました。それもあり、20歳の頃とはだいぶ関係性が変化していました。そして、「治したくて頑張っているけどどうしても過食嘔吐してしまう、過食嘔吐した時には連絡させてほしい、そして否定せずに受け止めてほしい」と伝えました。母はそれに応じてくれました。その話をしてから、過食嘔吐してしまった時に「あー、また過食嘔吐してしまった」などと連絡をし、母はそれを否定も肯定もせずに受け止めてくれました。LINEで連絡すると「わかったよ」と返信してくれました。今振り返るとそれだけでよかったんです。自分が何をしてほしいのか、具体的にお願いしたことで自分の欲しいことが見えたし、それを自分の言葉にして母に伝えられたことで大きく変わりました。母の対応も以前とは異なり、「早く治るといいね」と言ってくれました。その結果、少しずつ過食嘔吐の頻度が減り、2年前には22年間続いていた過食嘔吐を手放すことができました。

過食嘔吐に理由を見いだせた

過食嘔吐を手放したいと思った時には、過去の親子関係を振り返りました。そして、わたしが「やせ気味」という体形でいたいと思うのには、幼少期の父の影響があるとわかりました。わたしは小学生の頃はぽっちゃり体型だったのですが、父はそんなわたしの体型をからかいました。わたしは太り気味で体力がなく、小学校一年生のあるときに同じ小学校に通っていたいとこにおんぶされて自宅に帰ったことがありました。そんな様子を見た父は、「太っているからそんなことになる。太っていたらおんぶする側も大変だろう」と言ったのです。この経験はわたしに太ることは悪いこと、太っていると父親から愛されないという思いを植え付けたのだと思います。

そして母は、忙しい中でもご飯を作ってくれていました。わたしは母が作る卵スープが大好きでした。おかわりをしてたくさん食べると母は喜んでくれました。そして母を心配させたくない、いい子でいたいという思いは常にありました。「痩せることで父から愛されたい、でも痩せすぎて母に心配をかけたくない」そして「たくさん食べることで母から愛されたい」、その矛盾する行動を両立させることができる方法が過食嘔吐だったのだと思います。両親の依存症の影響で家は安心できる場ではなかったし、進学を諦めたこともありました。両親のことは好きではなかったと思っていたのですが、やはり大好きだったし「愛されたい」と思っていたんですね。過去の親子関係を振り返ることでわたしが過食嘔吐をしてしまうのには、それなりの理由があったんだなということに気が付きました。依存症の両親に散々苦しめられてきたので、大好きだという思いを認めるのはすごく悔しかったんですけど、それを認めたらとても楽になりました。そんな自分の気持ちと素直に向き合えるようになり、過食嘔吐をする自分を受け入れられたことが大きな変化のきっかけになりました。

過去の親子関係と向き合うことで、「両親に愛されたいという気持ちを正直に伝えられないから過食嘔吐をしてしまう、だったら過食嘔吐するのではなく正直に両親に好きと伝えればいい」と思うようになりました。そして、これ以上過食嘔吐で自分を傷つけてはいけないと思ったんです。ことばにして伝えていく、これを行動にしました。父はもう他界していたので墓前でその思いを伝えました。そして母に過食嘔吐のことを正直に伝え、過食嘔吐してしまう自分を受け入れてもらいわだかまりが解消されると、わたしにとって過食嘔吐は必要なものではなくなりました。正直に気持ちを伝えるようにしたら、22年間続いていた過食嘔吐が3か月で止まりました。

こころと向き合うことは絶対に必要

過食嘔吐がとてもつらかったので、「この食事方法が良い」とか、「このサプリメント飲むと効く」というようなものに藁にも縋る思いで頼ったこともありますが、どれも効果はありませんでした。そういう問題じゃないんですよね。やっぱり摂食障害はこころの問題だと思います。こころと向き合うことは絶対に必要です。こころと向き合うことは楽じゃないし簡単ではありません。そして時間がかかります。受け身でいても回復することはないと思いますし、気持ちを強く持たないと続けることは難しいです。自分の中に芽生えた気持ちをきちんと表現して、行動につなげていくことが大事なんだと思います。行動に変えることでこころに変化が生まれてくる、そう感じています。行動に対するヒントやアドバイスは他人から得ることもできますが、実際に行動できるかは本人次第ですよね。

インタビューを終えて

摂食障害(過食嘔吐)を手放すことができていないわたしにとって、とてもこころに響くお話でした。依存行為を手放すためにはこころと向き合うことが必要であり、依存行為に何を求めているのかを見出していくことが大切であるというのはどの依存症にも共通することだと感じました。逆に言えば、そこがうまくいかないとどんなに努力しても的外れで、うまくいかないなと。自分なりに納得のいく理由を見出し、それを解決したり他のものに求めることが、依存行為を手放す上でとても大切だと再認識しました。Mさんは過食嘔吐してしまうことに納得のいく理由が見つかり、それを解決する行動をとれたからこそ、22年も続いた過食嘔吐を3か月で手放すということができたのだと思います。

今回のインタビューでは万引きを繰り返していた時期のことも含め、貴重な経験を詳細にお話ししてくださいました。そこには回復のためのヒントがたくさんありました。本当にありがとうございました。

Mさんが万引きを繰り返していた時期のことはこちらに書いています。

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