多くの抑止力を身に着けることの意味
盗らない生活を送るためには、一つでも多くの抑止力をつけることが大切です。
一般的な「盗ってはいけない」がわからない
お店に売っているものは、お金を払って買うのが当たり前です。お金を払わずに持ってきてしまうことは許されません。それは万引き、窃盗という犯罪行為です。
クレプトマニアは窃盗について、「悪いと思えていない」ことがとても多いです。悪いと思えていたとしても、その程度が低く軽く考えがちです。小学生でもわかるような、「盗ってはいけない」ということに対する認識が甘いのだと思います。「お店など直接的な被害者に対する加害者意識」 が希薄であることは専門家からも指摘されています。
わたし自身も、毎日のように万引きをしていた頃は万引きについての認識が甘かったです。被害者を生み出してしまう犯罪だという認識が不十分でした。そして、「売れ残ったら捨ててしまうのだから、万引きしてもいいだろう」、「頑張っても報われず損をしているから、その分盗ってしまえ」など、万引きを正当化してしまう勝手な理論を自分の中で生み出していました。
罪悪感が低いことを認める
「盗ってはいけない」というのは小学生でもわかる社会のルールです。そんなことも理解できていないとなれば、恥ずかしいような気もしてしまいます。でも、きちんと理解できていないのが現実と言えると思います。わかっていれば、盗ったりはしませんし、実際多くの世の中の人が窃盗をせずに生活をしています。
まずは「窃盗に対する罪悪感が低い」ということをきちんと認め、それを補う方法を考えることが必要なのだと思います。
詳しくはこちらに書いています。
抑止力は合わせ技 多いほどいい
クレプトマニアは「盗ってはいけない」という一般常識のブレーキでは、窃盗行為を抑えることができません。
補うためにはブレーキをもっと強く踏むことも必要ですが、ブレーキが壊れていていくら強く踏んでもうまく効かないことも考えられます。そのため違うブレーキ、つまり違う抑止力をつけることが必要だと思います。一般社会のルールだから理解しなきゃ!と何度も意識するだけではなく、違う方向から盗ってはいけないと認識したり、行動する必要があります。
また、盗りたいという衝動はとても強いので、少しでも多くの抑止力を身に着けておくにこしたことはありません。抑止力になることを10個持つより、11個持つの方が効果が出る可能性が高まります。また、10個持っていて効果がなくても、11個目を持つことで急に効果を発揮するかもしれません。すぐに結果が出なくても、慌てず・焦らず・諦めずに、一つでも多くの抑止力を身に着けることが大切になります。
こころの抑止力と行動の抑止力
わたしは抑止力は大きく2つに分けられるのではないかと考えています。
一つはこころの抑止力です。
家族や仲間を裏切ってはいけないという気持ち、捕まった時や警察の取り調べなど過去のつらい経験を二度としたくないと思う気持ちなど、「万引きはしちゃだめだ」と思う気持ちです。他の仲間の経験を聞くというのは、仲間意識を強め一緒に回復に向かって頑張ろうという気持ちを生みます。それは一緒に頑張っている仲間を裏切ってはいけないという、抑止力につながります。
また、お店に対する損害を認識するというのもっこころの抑止力につながると思います。わたしが万引きがやめられなかった頃は、お店に対する罪悪感が希薄でした。それが、万引きをすることはお店のお金を奪うことであり従業員の人のお金を奪うこと、もっと言えば従業員の家族からお金を奪っているのと同じことだと考えるようになり、以前よりもお店に対する罪悪感が強くなりました。
いろんな方法があると思いますが、「万引きをしてはいけない」というこころの抑止力を繰り返し高めていくことが大切です。
もう一つは行動の抑止力です。
お店に行かない、大きなバッグを持たないようにする、目立つ格好をするなど窃盗行為を働かないようにするための具体的な行動です。具体的な行動であれば、対策を立てていることを認識しやすいので取り組みやすいです。また、ルーティーンワークとして行うことでその効果をさらに高めることができると思います。
行動の抑止力についてはこちらのカテゴリーでご紹介しています。→「盗らないための工夫」
抑止力だけで欲求を完全に抑えることは難しい
いくら多くの抑止力を身に着けても、どうしようもない窃盗衝動に襲われることも十分にあり得ます。火山が噴火したら、消防車で放水しても限界がある、そんな感じです。それが依存症の怖さでもあります。
ここまで書いておきながら、こんなことを書くのも気が引けますが、これらの抑止力を身に着けることで窃盗欲求を抑え続けることができるのなら、クレプトマニアの回復率はもっと高くてよいはずです。いろんな抑止力を身に着けても、スリップ(単発的な失敗)してしまう人は多いです。それが依存症の実情、意思や努力だけではどうしようもならないこともあるのです。
しかし、抑止力を身に着けることは決して無駄ではありません。
いくら抑止力を身に着けても、衝動的な強い窃盗欲求を完全に抑えることはできないかもしれませんが、多くの抑止力を身に着けていることである程度の欲求は抑えることができているのだと思います。完全に抑えられてはいなくても、抑止力を身に着けているからその程度で済んでいるのではないでしょうか?抑止力を高める努力をしていなかったら、もっと頻回に、あるいは早い段階で欲求に負けてしまう状況なのだと思います。そして、もし窃盗行為をしてしまったら、それを正直に話しすぐに助けを求めましょう。バレなきゃいいは本当にダメです。
自分がクレプトマニアであることを忘れない
抑止力を意識することは、自分がクレプトマニアであることを忘れないためにとても意味があることです。
クレプトマニアなどの依存症に完治はなく、あるのは回復のみです。万引きを手放すことができ、盗らない期間が長くなるとその優先順位が下がり、通院や自助グループから足が遠のきがちです。自分がクレプトマニアだと考える時間が減る人は多いと思います。喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間です、意識しなくなるのは仕方ないと思いますし、それで普通に生活が送れるのならそれに越したことはりません。
しかしそんな簡単にはいかないのが依存症、盗らない期間が長く続いた状態からスリップをしてしまう人も多いです。そういう人の話を聞くと、「治療よりも仕事を優先してしまった」、「前なら一人では買い物に行かないようにしていたが、ふらっとお店に入ったら盗ってしまった」などクレプトマニアだという認識が薄れていたというエピソードが多く聞かれます。
再発予防には普段の生活から抑止力を意識し、自分がクレプトマニアだと意識し続けることがとても重要です。
多くの抑止力を身につけることが自信になる
そして、大事なのが抑止力のお守り効果です。
一つでも多くの抑止力を身に着け、「これだけの対策をやったんだから大丈夫」と思えることは精神的なゆとりを生みます。わたしの場合、入院治療を経て盗らない生活を送れるようになったのですが、入院中もその後も自分なりにいろいろとやっています。特に入院中は自分なりにいろいろとやりました。その結果、「ここまでやってスリップしてしまったら仕方ない。もう自分ではどうにもできないからすぐに助けを求めよう」と思えるようになり、どこか開き直れたような感覚があります。そのゆとりは「盗りたくなってしまうのではないか?」、「盗ってしまうのではないか?」と不安がストレスを生み、さらに窃盗欲求を強めてしまうという悪循環を断つことにつながります。抑止力をはたらかせることで、窃盗を抑えることができればそれが自信になり、「これだけやったんだから大丈夫」、「これだけやってスリップしてしまったら、仕方ない」と思えることでストレスが軽くなるという好循環を生み出すことができます。
ここでメジャーリーガーのあるエピソードをご紹介します。
ある記者がメジャーリーガーに筋力トレーニングをする理由を尋ねました。するとその選手は「もちろんスイングを速くするため、打球を遠くに飛ばすためだけど、一番の効果はトレーニングで太くなった腕を見て、これだけトレーニングしたんだからホームランを打てると自信を持てるようになることだよ。」と答えたそうです。
一つでも多くの抑止力を身に着けることは、この筋トレの効果と同じような意味を持つと思います。ただし、絶対はないので油断は禁物。少しでも多くの抑止力を身につけ適度な自信を持つことで、盗らない日々につなげていきましょう。
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