クレプトマニア(窃盗症)とは? 万引きがやめられない病気

クレプトマニアとは?

クレプトマニアは「窃盗症」や「病的窃盗」ともいわれる精神疾患で、依存症の一つです。万引き、置き引き、スリ、ロッカー荒らしなどの窃盗行為がやめられない状態です。 割合では万引きを繰り返す人が圧倒的に多いです。

クレプトマニアと普通の窃盗犯との違い

万引きなどの窃盗行為を繰り返す人(常習窃盗)がみなクレプトマニアというわけではありません

常習窃盗は大きく3つに分けられます。

  1. 職業的窃盗
    経済的利益を目的として高額商品や金銭を盗む。犯行は計画的で、複数犯で犯行に及ぶことも多い。
  2. 貧困による窃盗
    お金がないために食べ物や生活必需品を盗む。
  3. 病的窃盗
    お金があるのに盗んだり、必要のないものを盗んだりする。
    窃盗行為そのものが目的になっていることもある(窃盗のための窃盗)。

1.の職業的窃盗は、強盗のイメージです。
2.の貧困による窃盗は映画「万引き家族」で描かれているのがこれに該当します。
3.の病的窃盗のひとつがクレプトマニアです。

クレプトマニアは、買うのに十分なお金を持っているのに安価な商品の万引きを繰り返すことが多くみられます。盗んだものは消費する人もいますが、盗んだものや結果にあまり関心がなく使わずに捨てる人もいます。また、消費しきれないほど盗んで、多量のため込みを行う人もいます。

クレプトマニアの診断基準

クレプトマニアはアメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5に「窃盗症」と記載されている精神疾患です。医療機関ではこの診断基準を参考にしてクレプトマニアかどうかが判断されることが多いです。DSM-5におけるクレプトマニアの診断基準は以下の5項目です。

  1. 個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
  2. 窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり。
  3. 窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感。
  4. その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。
  5. その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明されない。

この5つの項目が当てはまる場合がクレプトマニアとされています。

しかし実際にこの5つを満たしているクレプトマニアはほとんどいないと考えられています。1.の「個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく」を満たすと考えると、盗んだものを自分で使う人はクレプトマニアではないとなります。でも実際にはそのような人はほとんどいません。病的窃盗者には 2.~5.の基準を満たしていて、1.だけを満たしていないという人が多くいます

そこで、この1.の意味を「窃盗の主な動機が盗ったものを使う・売るといった経済的理由ではなく、窃盗したいという衝動を抑えることができないという行動抑制の障害によるもの」と許容範囲を広く解釈すべきと主張されることが多いです。この基準は「許容範囲を広く解釈することで、職業的窃盗や貧困による窃盗とクレプトマニアを区別するために使われる基準」と考えるとわかりやすいでしょう。

クレプトマニアの診断基準については、こちらで紹介している「万引きがやめられない クレプトマニア(窃盗症)の理解と治療」で詳細に解説されています。

医療機関と司法の場での判断の相違について

医療機関でクレプトマニアと診断されても、裁判などの司法の場で上記の「個人的に用いるためでもなく」という部分が強調され、クレプトマニアであることが否定されるということが度々起こってきました。簡単に言うと「個人使用のものを盗んでいるのでクレプトマニアではない。だから、病気を理由に罪が軽減されることはない。」というものです。

そんな中、2022年年2月には世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第11版(ICD-11)がオンライン公開されました。原文は英語表記ですが、日本精神神経学会では病名・用語の日本語訳を含め、診断ガイドラインの日本語版の作成を進めています。その中では窃盗症について付加的特徴の記載があり、クレプトマニア専門治療を行っている赤城高原ホスピタル院長竹村道夫医師はその記述について以下のように仮訳しています。

「窃盗症のある人は盗んだものを欲している場合もあり、またそれの実際的な使い道があるかもしれないが、盗んだものを必要とはしていない(たとえば同じものを複数所持している、盗んだものを購入するのに十分な金銭的資源がある)」

 つまり「欲しいものを、購入できる金銭資源はあるのにもかかわらず盗んでしまう」こともあり、診断基準の中にある個人使用についての記述の許容範囲を広く解釈すべきとの意見を補完するものとなっています。そのため、窃盗症の診断についての医療機関と司法の場での判断の違いは少なくなってくる可能性が高いと考えられます。

ここからは個人的な考えですが、DSMやICDなどの診断基準は医療機関で、医師が患者の病気を診断する際に、問診や各種検査の結果とあわせて参考にするものです。その人が病気であるかどうか診断できるのは専門知識を有する医師であり、司法機関でその判断をすることはできません。そのため、裁判などの司法の場で医師の判断を否定するというのは越権行為ともいえると思います。窃盗症であっても責任能力はあります。病気を理由に赦される必要はなく、また責任能力を追及するために病気を否定する必要はないはずです。司法の場で「病気だと責任能力はない。だから責任を追及するために病気であることを否定する」、これは違うと思います。本来病気であるかどうかの判断をする機能を持ち合わせていないはずの司法の場であっても病気であることを否定すると、それを聞いた当事者は病気ではないと誤認してしまいます。その結果、治療から離れてしまうということが起こってしまいます。「病気であっても責任能力はある。だからそれなりの司法判断をする。そして、病気である以上きちんと回復に取り組み再犯予防に努めること」、このような判断が望ましいと考えます。

クレプトマニアチェックリスト

DSM-5は基本的に医療機関が使用する判断基準であり、難しい言葉が使われちょっとわかりにくいです。そこでクレプトマニアの疑いがあるかを簡単に判断できるものとしてクレプトマニアチェックリストを作成しました。作成にあたっては竹村 道夫先生(医師・赤城高原ホスピタル院長)、斉藤 章佳先生(精神保健福祉士・社会福祉士 大船榎本クリニック精神保健福祉部長)に監修していただきました。

クレプトマニアの特徴

赤城高原ホスピタル・京橋クリニックの竹村道夫医師は自身の経験から、多くの窃盗症患者に以下のような特徴がみられたことを紹介しています。

  • 窃盗の手口は、9割が万引き
  • ほぼ全例が単独犯
  • 経済状況や社会的地位から見て「リスクに合わない窃盗犯罪」を繰り返している
  • 職業的犯罪者ではない
  • 窃盗衝動のスイッチが入ると、自力で中断することが難しい
  • きわめて再犯傾向が強い
  • 生理的・心理的飢餓感を持っていることが多い
  • 摂食障害など、他の精神障害を合併することが多い
  • 罰金や服役などの罰則ではほとんど更生しない
  • 治療前には、病識がない
  • 専門的治療によって回復できる

参考文献:竹村道夫編『窃盗症(クレプトマニア) その理解と支援』

クレプトマニアに見られる万引き以外の窃盗行為としては、置き引き、スリ、放置自転車窃盗、ロッカー荒らし、職場での盗み、家庭や親族内での盗みなどがあります。

クレプトマニアと診断されていなくても…

クレプトマニアの診断が可能な医療機関は限られており、クレプトマニアではないかという自覚があっても医療機関を受診できないことも多くあります。また、診断基準に基づいて厳密な意味でクレプトマニア(窃盗症)と診断されていなくても、明らかに万引き行為に依存してしまっていることもあります。万引きを繰り返すことで、周囲の人に迷惑をかけるなど明らかに生活に支障をきたしており、何度もやめようとしては失敗している(反復性)、次に捕まったら刑務所行きというような状況でもちょっとしたお菓子を万引きしてしまうことをやめられないなど、万引きによって得られるメリットと失うデメリットの間に大きな開きがある(行為の不合理性)がある場合には自分一人でやめられるレベルではない「依存症」なっている可能性が高く、何らかの対策を講じる必要があるといえます。

摂食障害との合併例が多い

クレプトマニアには摂食障害を合併している例が多くみられます。竹村道夫監修『彼女たちはなぜ万引きがやめられないのか?窃盗癖という病』によると、2008年からの約5年間に診察した約600件のクレプトマニア症例のうち、女性では5割弱、男性では1~2割、全体では4割程度が摂食障害を合併していたとのことです。

摂食障害とクレプトマニアのかかわりについてはこちら書いています。

クレプトマニアは依存症であり、「プロセスへの依存」の一つです。「依存症」や「プロセスへの依存」の特徴はクレプトマニアにも当てはまります。
こちらで詳しくご紹介しています。