万引きで得ていた背徳感、手放すことでの喪失感

2020年11月21日

万引きをしない生活が送れるようになり、心は穏やかになったと感じています。盗らない生活を送るようになって約1年が経った頃、生活に刺激がなく、何とも言えない喪失感を感じている自分に気が付きました。

万引きを手放した当初に感じたこと

万引きをしない生活になり一番強く感じたのは、とにかく気持ちが楽になったということです。「盗らない生活の方が楽」、本当にそう思います。

毎日万引きをしていた頃は、後ろめたさが心の中に常にありました。万引きをしていることを隠すのに必死で、毎日疲弊しきっていました。そして常にバレるのではないか、捕まるのではないかとびくびくしていました。誰にも言えない後ろめたさを抱え、すごく苦しかったです。

万引きをしない生活ではそんな苦しさから解放され、気持ちが楽になりました。「盗らない生活の方がずっと楽、こんなに楽なら盗りたいと思うことはもう2度とないのではないか」とも思いました。

急に生活にむなしさを感じるようになった

盗らない生活を送れるようになり、盗りたい気持ちが起きない日々が続きました。そんな生活が約1年続いた頃、何とも言えないむなしさを感じている自分に気が付きました。何か心にぽっかりと穴が開いているというか、何とも言えないむなしさ・空虚感があるのです。盗らないことにより心は穏やかで楽なのですが、ギラギラしていない自分・刺激がない生活に、何とも言えない物足りなさを感じるようになりました。

万引きを手放すことで失ったもの

わたしは、万引きをすることでお金を失わずにものを得るという「物質的な得」をしていました。また、満足感・達成感・優越感・背徳感など、「精神的な得」も得ていました。

人目を盗んでお店の商品を袋に入れ、見つからずにお店を出たときには満足感や達成感がありました。レジに並び、お金を払って商品を購入している人を尻目に、バッグいっぱいの未精算の商品を持って店を出る時には優越感や背徳感を得ていました。万引きを手放したことで、「物質的な得」がなくなるのはもちろん、この「精神的な得」も得られなくなりました。

きちんとお金を払って商品を買うようになったので、当然お金は減るようになります。万引きを手放すうえで、これは百も承知でした。一方、「精神的な得」がなくなることについてはあまり意識していませんでした。精神面については、万引きしなくなった当初はとにかく楽になったというプラス要素が大きく、マイナス要素は感じていませんでした。 お金など数字で示されるような、わかりやすいものではないことも影響していたと思います。

しかし時間が経つにつれて、気持ちが楽になったというプラスの感覚が徐々に薄れ、むなしさ・物足りなさというマイナス面が強く感じられるようになってきました。そして穏やかな生活の中で感じるむなしさや物足りなさは、万引きによる「精神的な得」がなくなったことによるものだと思うようになりました。

背徳感とは?

わたしが万引きで得ていた「背徳感」とはどういったものなのでしょうか?

背徳感とは、後ろめたいのにちょっとワクワクするというような不思議な感情のことです。「人としてわきまえるべき道徳やモラル、その人の良心に反すること」 をするのが背徳、その時に得られる感情が背徳感です。「背徳感がありながらも、昼間からお酒を飲んでしまった」、「今日は休みで予定がなかったので、背徳感があったが昼過ぎまで寝た」というような使い方をします。

背徳感は「良くないとわかっていながら起こした行動に対して抱く感情」なので、自分に対して後ろめたい気持ちを抱きます。罪悪感や後ろめたい気持ちはあるものの、その気持ちの中には陶酔感や快感、満足感などが共存します。 背徳感を得る行為を繰り返すと良心の呵責や不安に苛まれながらも、同時に得られる快感や恍惚感に溺れるようになるのです。

この背徳感によって快感を得るメカニズムは、脳内物質に由来しています。背徳感の中にある罪悪感や後ろめたさは、脳では「感動」や「興奮」と同じものと認識されます。「いけないことをした」と思うことで、脳内では感動・興奮を感じたときと同じように神経伝達物質であるドーパミンを大量に分泌されます。このドーパミンには人に快感をもたらしテンションを上げる作用があるので、背徳感を得ることが快感と認識されるのです。

実はギャンブルや買い物など依存行為を行った時にも、脳内では同じようにドーパミンが大量に分泌されます
また、脳は依存行為を行うことでドーパミンが分泌されるということを覚えてしまうのです。そして、「また同じ快感を味わいたい」という欲求が生まれ、その行為にはまってしまう状態になります。依存行為をすることは、背徳感を得てドーパミンを大量に分泌することと言い換えられるのかもしれません。

依存症の脳内メカニズムはこちらで紹介しています。

依存行為を手放す喪失感のスリップへの影響

背徳感を味わいたくなるとき、その背景にはスリルを味わいたい願望が隠れていることがよくあります。刺激がない生活や精神的に抑圧された状態が続くと、むなしさや空虚感を覚えるようになり、スリルを感じるような非道徳的な行為をしたくなる衝動に駆られてしまうのです。つまり、むなしさや空虚感を感じる状況は背徳感が味わえる依存行為に走ってしまうリスクが高くなると言えます。

スリップ(単発的な失敗)をしてしまう場面はこの典型です。万引きをやめたことで、それで得ていたスリルや刺激がなくなります。その結果、生活にむなしさや空虚感を感じるようになり、非道徳な行為をして背徳感を味わいたくなります。すると、背徳感を味わうために再び依存行為へ走ってしまうという流れです。

万引きをし始めた頃のこと

万引きをし始めた頃はどういう状況だったのか、達成感や背徳感といった「精神的な得」を求めたくなる状況になっていたのか、思い返してみました。

万引きをし始める約半年前、わたしはうつになり会社を休職しました。職場環境に問題があったのではなく、周囲からの忠告に聞く耳を持たず、一人で仕事を抱え込んで自滅したような状態でした。休職期間は1か月と長くはありませんでしたが、仕事復帰をした後は仕事量が減りました。わたしが仕事を抱え込まないようにと、周囲の人がとても気を使ってくれたためです。終業時間になると「早く帰るんだよ」と声掛けをしてくれたり、休憩を促してくれるようになりました。ありがたい配慮ではありましたが、以前のように仕事ができない自分に情けなさを感じていました

休職する前は、それなりに責任のある仕事を任されやりがいを感じていました。そして、それを1人で片付けることで満足感を得ていました。また、簡単にはできない仕事を引き受け、難しい課題にチャレンジすることは刺激的でした。うつで休職したり仕事量が減ることで、仕事で得られていた満足感や優越感は得られなくなりました仕事で得られる刺激がなくなり、むなしさがあったのだと思います。うつになった自分を受け入れることができず、もっと仕事をやりたいのに周囲から止められることに不満を抱いていました。

また、趣味程度に行っていた走ることをやめたことも大きく影響していたと思います。休みの日に走ることは良い気分転換になっていましたし、走り切った後には達成感がありました。決して早くはありませんでしたが、大会に出場して完走することで満足感を得ていました。走ることをやめたことで、プライベートでも達成感や満足感を得る機会が減ってしまいました

今思えば、まさに背徳感を味わいたくなる状況にありました。

依存先の分散ができなくなった

依存症になりやすい状況として、依存できるものが少なく特定のものに病的なまでに依存しすぎてしまうということがあります。人は誰しも、何かに依存しながらストレスや葛藤などを発散しこころの内圧をコントロールしています。その依存が特定のものに病的なまでに偏ってしまうと依存症になってしまうのですが、それを防ぐには依存先を多く持ち、依存を分散させることが大切になります。

こちらで詳しくご紹介しています。

わたしにとっては仕事や走ることが数少ない依存先になっていました。仕事では、一人で自分自身を追い込んでうつになってしまったくらいなので、この時点でも病的ともいえる状態でした。いわゆるワーカホリック(仕事依存症)です。人に頼ることが苦手、一つのことに没頭しやすい性格が顕著に表れています。そんな数少ない依存先が、うつで休職したことや走ることをやめたことで更に少なくなってしまいました。その結果、これらに代わる依存行動として「万引き」を行うようになってしまったのだと思います。

スリップしないためにこの状況をどう乗り切るか

万引きで得ていた背徳感が得られなくなり、むなしさを感じる状況は、万引きし始めた頃の状況に似ています。心に穴が開いた感覚はスリルを味わいたい、もっと刺激が欲しいという気持ちが高まっていることの裏返しであり、万引きへの誘惑が高まっている状況です。

実はこの投稿は、万引きを手放したことでむなしさを感じるようになったので、それを書き留めておこうと書き始めました。そして、背徳感という言葉がぴったりだと思い、その意味や心理学的な側面について調べていきました。すると今のようなむなしい感覚になるのは回復し続けていくうえで誰にでも起こりうることであり、ある程度仕方ないことだと納得ができました。そして、その状況を受け入れられたように感じます。この状況を乗り切るには、今まで万引きで得ていた「精神的な得」を別の方法で得ることで、むなしさや空虚感を減らしていく必要があります。今まで万引きで埋めていた心のすき間、それ埋める何かを探していかなくてはなりません。

また、依存先が減ってしまい、特定のものに病的なまでに依存しすぎてしまいやすい状況を打開するために、適度に依存できる趣味や人間関係を見つけることも必要だと感じています。

回復し続けることは簡単ではない

盗らない生活を送れるようになってまだ日は浅いですが、「盗らない生活の方が楽だし、盗りたい気持ちが出てくることはもうないのでは?」と思うこともありました。しかし、そこは依存症、そんな簡単に回復するというわけにはいきません。万引きへの誘惑はいつでも襲ってくる可能性があることを痛感しています。自分の認識が甘かったと言わざるを得ません。

依存症は脳の病気、依存行為で得られた快楽を脳は忘れることはなく、どんなに時間が経っても、依存行為への誘惑は不意にやってきます。依存症に回復はあっても完治はないということを痛感しました。

一方で、万引きを手放して時間が経過する中で経験できた感覚であり、次の段階に進んだともいえます。万引きという犯罪行為で精神的な得を得ていたのは事実ですが、やはり情けない思いがあります。そして手放したことで何とも言えない喪失感にさいなまれている今、やはり万引きに支えられていたというという事実を痛感させられます。

この実情を受け入れたうえで、違う何かに置き換える方法を模索していきたいと思います。

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