入院中の取り組み③-被害店舗へ弁済をする

わたしの実体験,わたしの歴史

入院中には被害店舗へ弁済を行いました(治療プログラムではありません)。万引きを手放すために、やってよかったと思うことの一つです。

被害弁済をしようと思った理由

被害弁済をしようと思った理由の一つに、主治医との約束があります。

毎日のように万引きをする生活でしたが、警察に捕まったのを機に外来通院を始めました。その病院では最初の診察の時に主治医と契約書を交わします。内容は「再犯したら正直に報告する」、「店舗に商品代金と迷惑料1万円を払う」、「これらの内容が書かれた契約書を常に携帯する」というものです。この契約を守ることが、通院治療を続けるための条件でした。そのため、外来診察に行くと診察の最初に契約を守っているかを尋ねられます。「お守り(契約書のこと)持ってる?」、「万引きしてない?」という会話で始まるのが、いつもの診察のパターンです。

わたしは外来通院開始後も、毎日のように万引きをする生活から抜け出せず、それを隠したまま通院を続けていました。そのため診察の最初に聞かれる質問に、毎回うその返答をしていました。主治医との契約を破っているのにもかかわらず、通院を続けていたということです。

万引きしていることを隠しながら通院を続けているときに再び万引きで警察にお世話になり、入院を決めました。わたしが通っていた病院は入院先のA病院と提携しており、主治医はA病院でも主治医となります。そのため、主治医からA病院に電話を入れてもらったことで、比較的スムーズに入院することができました。

わたしはずるい方法で入院した

A病院に入院してみると、全国各地から患者が集まっていました。そして話を聞くと、「入院するまで結構待った」とか、「弁護士に紹介してもらって、やっと入院できることになった」など、簡単に入院できたわけではない人が多いとわかりました。

それもそのはず、クレプトマニアが本格的に入院治療を受けられる医療施設はとても少ないです。そしてそれ以前に、クレプトマニアだということがわからず治療につながれない人も多くいます。一方わたしは、 毎日のように万引きしていることを隠し続けており、治療継続の条件を破って通院を続けていました。そして、通院をしていたおかげでスムーズにA病院に入院することができましたどう考えても、ずるいわけです。今更ながら、万引きしている事実を隠し続け、契約を破って通院を続けた自分が情けなくなりました。

そのため、時間は経ってしまいましたが被害店舗に万引きした商品代金と迷惑料を払い、契約を守らなければと思いました

得をしたまま終わるのは良くない

万引きをしていれば、お金が浮きます。万引きをしていた頃は、行為のスリルを楽しんでいた部分もありますが、やはりお金を使わずにモノを手に入れたいという思いがありました。万引きが成功した後には、「やった。お金を使わずに済んだ。」という気持ちになりました。この得をしている感覚が万引きを助長させてしまいます

万引きをして得をした状態のままでいることは、再発のリスクを高めると感じていました。得をしたまま終わるのは良くないと思ったのです。万引きで浮いたお金は手元に残すべきではないと考えるようになりました。

お店にお金を払うべき

そして、この頃にはお店にお金を払わなくてはならないという気持ちを持つようになりました。お店に対して、申し訳ないことをしたと思えるようになっていました。逆に言うと、それまではなかなかお店に対して申し訳ないという気持ちを持つことができませんでした。

入院を前に、わたしは無職になりました。入院が必要であり働けない状態になってしまいました。働けない状態になったことで、お金を稼ぐことの大変さを改めて感じるようになりました

わたしは万引きすることで、本来お店に払うべきお金を払っていません。お店は商品を売ることで利益を得ているのに、わたしは利益を不当に奪っていました。それはお店の人たちが懸命に働いて生み出したお金です。労働力を提供してお金を得ようとしている人たちから、お金を奪っていたということです。その結果、お店の経営が傾き店員の収入が減れば、その家族に対して迷惑をかけることも考えられます。

お金を稼ぐことの大変さを感じたことで、万引きはなんて軽率な行為だったんだと反省するようになりました。そして万引きをして手元に残ったお金を、本来払うべきお店に支払わなければいけないと思いました。

被害店舗のリストアップ

被害弁済をすると決めて最初にやったことは、被害店舗のリストアップです。

どのお店でどのくらい万引きしたのかを思い出しながら、リストを作りました。盗ったものはほとんど手元に残っておらず、記憶をたどる作業です。日記もつけてはいましたが、万引きのことは隠語で書いたりしてごまかしていました。そのため、どの程度リストアップできたかはわかりませんが、すべて書き出すつもりで作業しました。

発送準備

その後は書面の準備です。

治療開始時の契約書に再犯時には被害店舗へ弁済すると書かれているため、それに使う書類は病院で用意されていました。それを使用して、患者の詳細は明かさずに主治医の名前で被害弁済をすることができます。この配慮により、被害弁済をすることで事件が発覚し立件され、治療が中断するということを気にする必要はありません。書類は用意されているものを使えばこと足りるのですが、わたしは謝罪文を同封したいと思いました。主治医に相談したところ、名前を記載しない形で謝罪文を同封することになりました。

謝罪文は一枚一枚、反省の気持ちを込めて丁寧に書きました。何枚も書き、そのたびに反省の言葉を並べました。

そして書留の発送作業をすることを目的に3回目の外泊をしました。

謝罪文書きや発送作業で感じたこと

謝罪文を書く作業を続けていると、段々と情けなくなってきました。「何で万引きをし続けたんだろう…。もうこんな情けない思いはしたくない」と強く感じました。封筒への宛名書きや封入作業もそうです。書留封筒の封入は何度も糊付けしなくてはならず、結構手間がかかります。思った以上に時間がかかりました。作業をしながら、「なんでこんなことをしているんだろう…」と情けない思いになりました

それまでは「家族にこれ以上迷惑をかけてはいけない」とか、「仲間を裏切りたくない」など、他人に対して自分がどうありたいかということを考えていました。他人に対して迷惑をかけたくないから、もう万引きはしないといった感じです。これは「外発的動機付け」といわれるものです。それが何度も謝罪文を書いたり、封入作業をすることで、「もうこんな情けない思いはしたくない」という気持ちが強く湧きました。これは「内発的動機付け」といわれるものです。 万引きを「やめなきゃいけない」という思いに加えて、「やめたい」と思えるようになりました

この内的動機付けは意図的に得られるものではなく、一度得られると持続性が高いと言われています。わたしも内的動機付けを得るために被害弁済をしたわけではありません。ですが、結果的に内的動機付けを得ることができたことは本当に大きいと感じています。でも、そもそも万引きをしていなければ被害弁済をする必要もなく、迷惑もかけずに済みました。被害弁済をする必要がある状態になったことを悔やんでいます。もう二度とあんな情けない思いはしたくないと強く感じています。

余談ですが、封入作業が終わった書留封筒を並べ、写真を撮りました。被害弁済の作業で感じた情けなさを忘れないようにするためです。たまにこの写真を見て、あの時の情けなさを思い出し、「盗る自分には戻らないぞ」と気を引き締めることがあります。

被害弁済のための作業が終わって

それなりに時間をかけて準備をしたこともあり、すべての作業が終わったときはちょっとした達成感・満足感がありました。万引きをしてきたことに対する罪悪感が少し減った感覚もありました。「これで一区切り」、「過去を見るのはもうおしまい、前を向こう」という気持ちでした。

この時は、その気持ちが崩れていくことは考えてもいませんでした。


※今回の取り組みは主治医に相談し、専門家の助言を受けたうえで行いました。受診したからといって被害弁済を強制されるというものではありません。
※この文章はわたし自身の体験・感想を記したものであり、「被害店舗への弁済をした方がいい」・「被害弁済すべきだ」などと他者に弁済を促すという趣旨のものではありません。

被害弁済についての続きはこちらです。

ほかの入院中の取り組みはこちらです。