摂食障害とクレプトマニア
摂食障害にクレプトマニアが合併しやすいことは専門家には広く知られています。しかし、そのメカニズムはよくわかっていません。
摂食障害との合併例の割合は多い
摂食障害患者が万引きをしてしまうことがあるというのは、専門家には広く知られています。わたしはクレプトマニアになる前から、うつ・摂食障害で心療内科に通院していました。万引きをするようになったと主治医に話したときは「摂食障害ではよくあること」と、特別に騒ぎ立てることもなく受け止めてくれました。
摂食障害の中でも特に過食嘔吐タイプや過食症患者には万引きなどの窃盗行為を合併する人が多く、その比率は外来患者でも3分の1以上という調査報告があります。さらに入院が必要な程度の過食症患者では、軽度の窃盗行為まで含めると合併率は半数に近いという臨床家もいます。(ここでいう「万引きなどの窃盗行為」は単発的なものが多く、摂食障害患者の窃盗行為=依存状態のクレプトマニアというわけではありません。)
また、クレプトマニア全体に対する摂食障害を合併している人の割合も高いことが言われています。竹村道夫監修『彼女たちはなぜ万引きがやめられないのか?窃盗癖という病』によると、2008年からの約5年間に診察した約600件のクレプトマニア症例のうち、女性では5割弱、男性では1~2割、全体では4割程度が摂食障害を合併していたとのことです。
摂食障害もクレプトマニアも依存症の一つです。同時に複数の依存症を持っている場合をクロスアディクションと言います。
摂食障害患者が持つ飢餓感
摂食障害とクレプトマニアの深いかかわりについて、心理的な問題である「飢餓感」が影響していると考えられています。
摂食障害の患者は過食でも拒食でも、「病的飢餓感」があると考えられています。ここでいう飢餓は「満たされない感覚」と解釈するとわかりやすいと思います。通常の「生理的な飢餓」は、ものが乏しい状態で起こるもので、食べるものがないから飢えるというものです。一方「病的飢餓感」は、”ものに囲まれているのに飢餓感がある"というもので、ものに囲まれているのに満たされない感覚が消えません。その感覚は強烈でコントロールが難しいと考えられています。生理的な飢餓状態であれば食べ物をとることで軽くなりますが、病的飢餓感は食べ物を食べても減ることがありません。さらに、多くの摂食障害患者は「承認されること」に飢えていることが多く、「心理的な飢餓状態」にもあるのです。
枯渇恐怖からため込みマインドに発展
この「病的な飢餓感」に関連して「枯渇恐怖」が生まれます。「飢餓感」・「満たされない感覚」を持つことで、食べ物や生活用品などの物質的なもの、さらに自分自身の人間的な価値や評価などがなくなったり減ったりすることに異常なほど恐怖を覚える状態です。残っている量に関係なく、今あるものが減ってしまうことに恐怖を覚えます。 どんなにたくさんあっても、「減る」ということが怖いのです。
枯渇恐怖についてはこちらで詳しく紹介しています。
こうなると枯渇恐怖、つまり「(ものや価値が)なくなることへの不安」に対抗する手段として「ため込み行動」が起こります。食品や日用品などをため込むようになります。「予備がないと不安」から、「予備の予備がないと不安」といった具合に、ため込みがエスカレートしていくのです。
この「ため込み」は摂食障害患者に多く見られ、特にクレプトマニアを合併している場合にはその症状が強いことが多いようです。また、このため込みは過食症だけでなく拒食症患者にも多く見られます。このような「ため込みをしたい」、「ため込みをしないと不安」という心理状態を、赤城高原ホスピタルの竹村道夫院長は「ため込みマインド」と表現しています。
ため込みマインドから盗み衝動へ
この枯渇恐怖による「ため込みマインド」が行動に現れたものとして、食品や日用品のため込みがあります。
さらにこの枯渇恐怖・ため込みマインドはお金にも波及し、お金が減ることが怖いという状態になることがあります。「貯金があるから大丈夫」という問題ではなく、「減ることが怖い」のです。10あれば9になってしまうのが怖く、100あっても99になることに不安を覚えます。そのため、経済的に裕福であってもお金が減ることが怖くなります。
このような状態になると、「お金を節約したい」と思うようになります。そして、その発想のもとになっている病的飢餓感は強烈でコントロールが困難と考えられています。その結果、究極の節約である「盗み」をしたいという衝動に駆られるようになってしまいます。
わたしがクレプトマニアに発展した経緯はこちらに書いています。
過食嘔吐に多く見られる認知の歪み
クレプトマニアは摂食障害の中でも、過食嘔吐の人に多く見られます。過食嘔吐する際には多くの食料品を必要とするので、購入すれば出費がかさみます。過食嘔吐したい、でも食べ物を買うお金がない、だから万引きするという流れが、わかりやすい例です。過食嘔吐も依存症であり、過食嘔吐をするという行為に依存しています。過食嘔吐を合併するクレプトマニアは「過食嘔吐をしたい」という欲求と「盗りたい」という両方の強い衝動にかられるため、その衝動を自分自身でコントロールするのは困難になります。
また、過食嘔吐の人に多く見られる認知の歪み(考え方の癖)に「どうせ吐いて捨てるものなのだから、そこにお金を使いたくない」というものがあります。過食嘔吐という行為に後ろめたさがあるため、そこにお金を使いたくないという思いも影響しているように感じます。
食べ物以外にも及ぶ盗み衝動
摂食障害患者の万引きで説明しやすいのは、過食症患者が食べ物を万引きするというものです。発想としてはアルコール依存症に人がお酒を盗む、薬物依存の人が薬物を盗むというのと同じです。 過食症患者は多くの食品を買う必要があり、節約のために食べ物を万引きするという流れで説明できます。これは実際の生活にパターンと関連が深く、イメージがしやすいものです。
しかし実際には、衣服や日用品など食品以外のものにも万引きの幅が広がる場合があります。また、食品を大量に必要とするわけではない拒食症の人でもクレプトマニアになることがあります。これらはただ単に食べ物が必要だから盗る、食費を節約したいから盗るということでは説明しきれなくなってしまいます。
つまり、ただ単に食費を節約するのではなく「お金が無くなるのが怖い」という枯渇恐怖、「食べ物も、モノも、お金もため込みたい」というため込みマインドが窃盗衝動につながっていると考えられているのです。
摂食障害患者による万引き=クレプトマニアではない
摂食障害患者には強い窃盗衝動が起こりやすいと言っても、万引きしたら即クレプトマニアというわけではありません。万引きをし始めた直後は、依存状態ではありません。クレプトマニアにならない段階で、やめられる人もいます。つまり、自分の意志でコントロールできる段階で、踏みとどまれる人もいます。
しかし、万引きは見つからないことが多く、成功してしまいます。罪悪感はあるものの、お金が減らずにモノを得られたというわかりやすい成功体験をしてしまいます。なかなか痛い目に合わないために、ずるずるとエスカレートしやすいのです。
そして万引きを繰り返すことでお金を減らさずにモノを得ることの快感や、見つからず窃盗を行ったことによる満足感や高揚感、開放感を得るようになります。万引きによって快楽が得られると脳内でドーパミンが分泌されて、中脳の脳内報酬系という部分に作用します。これを繰り返すことで脳内に報酬回路と呼ばれる脳内回路が出来上がってしまうと脳の病気である依存状態になり、もはや自分の意志で行動をコントロールすることはとても難しくなります。脳が報酬刺激を求めて欲求がエスカレートしているため、本人がやめたい・やめようと思ってもどうにもならなくなっています。
摂食障害者は枯渇恐怖やため込みマインドから、強い窃盗衝動に襲われることも多いです。また、摂食障害もクレプトマニアも依存症であり、依存症患者に多いとされる認知の歪み(偏った考え方)を持っていることが考えられます。単発的な万引きから依存症であるクレプトマニアに発展してしまうリスクは高いと言えると思います。
クレプトマニアに至らないためには、とにかく早めに助けを求めることが大切になります。
人にあげるものを万引きする心理
人にあげるものを万引きしてしまうという話も耳にすることがよくあります。これは他人にプレゼントを贈ることで、その人に認められようとしているのだと思います。承認されたいという気持ちを満たすためにプレゼントを贈るのです。つまり、承認欲求と枯渇恐怖が絡み合った結果、他人にあげるものを万引きするという行動を引き起こしているのではないでしょうか。
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